365日のストーリー

忘れたくないあの1ページ

「夢は夢へと繋がる」

 

 

 

 

 

憧れの人。

 

 

 

テレビの中の人、

多くの人に愛されている人、

感動を与えてくれる人。

 

 

それぞれ違うかもしれないけど、

共通するのは、みんなキラキラ輝いてる。

 

だからきっと、憧れるんだ。

あの人みたいになりたいって。

 

 

私は、音楽が好きだ。

通学の電車の中でも、家にいるときでも、

寝る前でも、いつだって音楽は

欠かせない存在。

 

 

休日の都内の駅は、人で溢れている。

その度に、こんな数の

人がいるんだなぁ、と思う。

 

 

「おっと、いけない」

 

 

ボヤボヤしてると

人混みに流されてしまう。

 

 

改札をくぐって地上に出ると、

大きな交差点と数々のビルが

一気に目の前に広がる。

 

 

何度足を運んでいても、この光景には

ワクワクが止まらない。

 

ゴソゴソとカバンの中から

取り出して、イヤホンを耳につける。

 

人の話し声、車の音、すべての音が

一瞬にしてシャットダウンされて、

大好きな音だけが聴こえてくる。

 

 

「よし、行こう」

 

 

目的地への行き方はもう、

昨日のうちに調べてある。

 

 

小さなライブハウス。

今日は、私の大好きな

アーティストのライブ。

 

いま耳に流れているのも、

そのアーティストの曲。

 

 

毎日聴いてる大好きな歌。

それを生で聴けると思うと、

この興奮はなかなか抑えられない。

 

 

このアーティストのライブに行くのは

今日で2回目だ。

 

 

1回目は、今からちょうど

一年前くらい。

路上で歌っていた彼女の

素敵な歌声に惹かれて、

その場でチケットを買った。

 

 

ステージに立って歌っていた

彼女の歌声に、感動しっぱなしだった。

 

 

人に伝えなくちゃいけなくても、

『感動』以外に表現できない。

本当に素晴らしいものには、

うまく言葉が出てこない。

 

いや、とって付けたような

ありきたりな言葉を使いたくない。

 

一口食べてすぐに『美味しい〜』

と連呼するような、

わざとらしい食レポのように。

 

そんなものじゃ

伝えられないんだ、あの感動は。

あの場にいた人にしか

きっと、分からない。

 

 

 

でも、その感動を伝えられるような

表現力が欲しい…。

 

 

 

 

財布の中に大事にしまってある

チケットを確認する。

 

 

「時間まで、あと少し」

 

ソワソワが止まらない。

 

チケットに記されいる整理番号は、

前回よりもはるかに

大きな数字になっていた。

 

 

一回目のライブのときは

人と人の間隔がとても広く、

好き勝手に歩き回れるほど

ガラガラだった。

 

 

それもそうだ。

地元の小さなCDショップにも

置かれていなかったし、

もちろんテレビにも出ていない。

 

 

 

「まもなく開場致しまーす。

お手元にチケットをご用意くださーい」

 

 

流れるように会場に入り、

できる限り近くで見れる

場所を目指す。

 

 

 

「人が…たくさん」

 

 

 

ライブハウスは、

たくさんの若い男女で

埋め尽くされていた。

 

 

証明がおちて辺りは真っ暗になり、

ステージにスポットライトがあたる。

 

 

 

開場の熱気は一気に上昇する。

 

 

 

 

『みなさーん!こんばんはー!

今日は私と一緒に

楽しい時間を過ごしましょー!』

 

 

いつもイヤホンで聴いている歌を、

いつも声しか聴けない憧れの人が、

目の前で歌っている。

 

 

失恋したときに泣きながら聴いた曲。

うまくいかないときに励ましてくれた曲。

毎朝聴いている元気が出る曲。

 

私の側にいつも居てくれた

数々の曲たち。

 

 

終わってほしくない。

いつまでも、おんなじ曲を

何回歌ってもいいから、

この時間が続いてほしかった。

 

 

 

『幸せな時間というのは

あっという間に過ぎるもので…

次で、最後の曲になります!』

 

 

会場からは、残念がる声が

ところどころであがっている。

 

 

 

『私の1回目のライブに来てくれた人なら

分かると思うんだけど、

本当に人が少なくて、ライブとしては

ギリギリくらいの数だったの。

 

それでも来てくれた人の為に

一生懸命歌ったんだけど…

心のどこかでは、やっぱりちょっと

寂しくて…。

 

それが今日、2回目のライブで

これだけの人に来てもらえて、

本当に嬉しいです。

 

1年間、諦めないで今日まで

頑張ってきて良かった。

私はこれからも、若い同世代のみんなに

夢を与えていきます。

 

頑張れ、なんて言わないよ。

一緒に頑張って行こう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忘れられないあの日から

月日は流れ、

テレビの中からは

素敵な歌声が響き渡る。

 

目の前で見た、私の憧れの

大好きなあの人が、

テレビの中にいる。

 

 

 

 

私もこれからは、憧れてた側から、

人に憧れられるような存在に。

 

 

私も輝けるかな、あの人みたいに。

 

届くかな、掴めるかな、

あの遠い遠い未来を。

 

 

イヤホンからは、

今日も素敵な歌声が聴こえてくる。

 

 

 

 

諦めない。

何があっても、絶対に。

 

 

 

 

広がった空に、そっと手を伸ばした。

 

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写真提供 [Twitter ‪@rari_shame ‬]

 

 

 

 

「待っている場所へ」

 

 

 

 

 

『お邪魔しまーす!』

 

 

「はいはい、いらっしゃい!

外寒かったでしょ。

ほら、こたつあったまってるから、

早く中に入りなさい」

 

 

じいちゃんの還暦祝い。

父ちゃんと母ちゃんとの3人で、

久しぶりに田舎へ遊びにきた。

 

正月はドタバタしたせいで

顔を出せなかったけど、

無事こうして、みんなで

来ることができた。

 

 

じいちゃんの家って、なんでこんなに

落ち着くんだろう。

家そのものが包み込んで

くれてるみたいだ。

 

 

テーブルの上には、寿司にお酒に

唐揚げ、サラダと

豪華なご飯が並んでいた。

 

その光景を見て、

母ちゃんがせかせかと台所へ

入っていった。

 

 

「お母さん!これ1人で準備したの?」

 

 

「ちょっと張り切りすぎて

しまったかねぇ。

朝早うから準備してたのに、

あっという間に

お昼になってしまったよ」

 

 

「まったく…もう。

私も何か手伝うから」

 

 

「優はあんなに良い男になって…

立派に育てたね。

ちゃんと母親やれてるんだねぇ」

 

 

「だって優、もう高校生だよ。

私、長いこと母親やってるんだよ」

 

 

「そうかい、そうかい。

今日はゆっくり

していきなさいな」

 

 

じいちゃんと父ちゃんは、

もうお酒を飲み始めている。

 

顔を少し赤らめながら、

楽しそうにゴルフの話をしている。

 

 

「ほら、優も飲むか?

一杯くらい大丈夫じゃろう」

 

 

「え、良いの?」

 

 

グラスを受け取ろうとして

伸ばした手は、

すかさず母ちゃんに叩かれた。

 

 

 

「良い訳ないでしょ!」

 

 

「ちぇーっ」

 

 

家族が集まって、昔話に花が咲く。

俺が小さい頃、じいちゃんの顔を見ると

泣き出してしまっていたこと。

俺がハイハイから

初めて立って歩いたときは、

スタンディングオベーション

だったこと。

 

テレビの音なんてなくたって、

みんなの笑い声だけで充分だった。

 

 

 

じいちゃんとばあちゃんから

母ちゃんが生まれて、

父ちゃんと出会って、俺が生まれた。

 

 

 

命って、すごいな。

家族って、いいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

還暦のお祝いで

家族が集まったあの日から、

3年の月日が経った。

 

 

大学を卒業して社会に出たら、

気軽に会いに来ることはできなくなる。

そう思って、卒業前に

1人で会いに来た。

 

 

「優、いらっしゃい。

ここまで来るのに、迷わなかったかい?」

 

 

「うん、大丈夫だったよ」

 

 

「また大きくなったか?

ほれ、ここに立ってみろ」

 

 

木造の家の柱に、線が何本も引いてある。

俺が小さい頃からの成長記録だそうだ。

 

「え、俺ってこんなに小さかったの?」

 

 

一番下に引いてあった線は、

信じられないくらい低いところだった。

 

 

「孫の成長ってのは、

早いもんじゃのう」

 

 

「ほら、晩ご飯は

優の好きなすき焼きだよ。

いーっぱい作ってあるから、

たくさんお食べ」

 

 

「うん、ありがとう!」

 

 

顔を出すたびに良くしてくれる。

そして、いつも

身体の心配をしてくれる。

 

 

本当に心配なのは、こっちの方だ。

 

 

いつまでも元気だと

思っていたじいちゃんが、

去年入院した。

 

お見舞いに行って、ベッドに横たわっている

じいちゃんを見たとき、

ずいぶんと歳を取っているように感じた。

 

いつの間にかこんなに痩せていた。

全然気づかなかった。

 

 

 

 

「優は、来年から社会人か?」

 

 

「うん、その予定なんだけど…」

 

 

「あら、どうしたの?

なんか心配事でもあるのかい?」

 

 

「まだ…ハッキリと、自分の

やりたい事が見えてないんだ」

 

 

 

 

 

やりたいことはある。

けど、親も教師も

決して賛成はしていなかった。

 

 

周りからの期待と、

それに応えられない自分。

自分のやりたい事と、

それを受け入れてくれない

周りの環境とが交錯していた。

 

 

「そうかそうか」

 

 

想いを全部打ち明けた。

ただただ頷いて、

一生懸命に話を聞いてくれた。

 

そして、こう言ってくれた。

 

 

 

「優の好きなように、

思いっきりやったら良い。

その代わり、絶対に周りの人たちを

悲しませるようなことが

あってはいけないぞ」

 

 

 

じいちゃんは厳しい人だけど、

いつも最後は俺の背中を押してくれる。

 

 

またツラくなったときは、

いつでもじいちゃんの言葉に

助けてもらえば…

 

 

いつでも…

 

 

 

いつでも…って、いつまでだ?

 

 

 

いつまで会える?

 

 

じいちゃんも、ばあちゃんも

ひとつひとつ歳を重ねている。

 

 

少しずつ、終わりの時間へと

近づいている。

 

 

 

ずっと生きていることなんて

誰にもできない。

 

 

それがいつ

終わるかなんて分からない。

 

分からないから、

1回1回を大切にするんだ。

 

 

元気なうちに、

してあげれることはなんだ?

会えるうちに、

言ってあげられる言葉はなんだ?

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、帰る支度を済ませて

玄関へ向かった。

 

 

 

「またいつでもいらっしゃいな。

美味しいご飯作るからね」

 

 

「身体に気をつけてな、

一生懸命、頑張るんじゃぞ」

 

 

 

この笑顔が見れるうちに、

もっと喜んでもらえるような報告を

たくさんするんだ。

 

 

 

「俺、頑張るから」

 

 

 

 

外に出て見送ってくれている

じいちゃんとばあちゃんに、

精一杯大きく手を振った。

 

振り返りながら、見えなくなるまで

ずっと、ずっと。

 

 

 

 

今度行くときは、やりたいことで

結果は出てるかな。

大事な人を、俺のお嫁さんだと

紹介できるかな。

 

 

 

 

 

大好きなあの場所に別れを告げた。

決意を胸に、前だけを向いて歩くと誓った。

 

 

 

「また会える日まで、元気でいてね」

  

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写真提供 [Twitter ‪@azupon_pon ]

 

 

 

 

 

 

 

 

「この季節を過ぎれば」

 

 

 

 

 

 

 

「また明日ねー!」

 

 

「うん!また明日!」

 

 

友だちと別れのあいさつを合図に、

孤独との闘いが始まる。

 

 

テスト勉強も、受験勉強も、

就職活動だって、

頑張らなきゃいけないときは

いつだって1人だ。

 

 

コンビニやスーパーには、

”合格祈願”のお菓子やグッズが並んでいる。

 

 

「これってホントに、

効果あるのかなぁ…?」

 

 

100%信じてる訳ではないけれど、

やれることは全てやっておきたい。

神頼みでもなんでも良い。

 

本番当日、あの

一発の勝負に勝つために。

 

 

 

学校に行けば見慣れた顔がたくさんいて、

ふざけたり、くだらないことで笑ったり。

その時間だけは、不安なことをぜんぶ

頭の隅へと追いやってくれる。

 

 

でもそれは、ひとつの錯覚。

こうして家に帰ってくると、

頭の中は現実で埋め尽くされる。

 

 

カバンを下ろし、ベッドに寝転がる。

ボーッと天井を見ながら、

思わず寝てしまいそうになる。

 

 

 

 

やる気が…出ない…。

 

 

 

今日こそは頑張ろうと、

あれだけ心に強く誓った。

 

 

なのに、いざやらなきゃいけない

場面になると、なんで身体はこんなに

動いてくれないのか。

 

 

「みんなは、どうしてるんだろう…」

 

 

いや、ダメだ。

人の言葉をそのまま信じちゃいけない。

 

 

「えー、ぜーんぜん勉強してないよー

どーしよー」

 

 

という綺麗すぎる前フリからの高得点。

こんなシーンを、今まで何回見てきたことか。

 

 

かと言って、信じすぎも良くない。

 

 

 

「えー、ぜーんぜん

勉強なんてやってないよー」

 

 

「だよね、良かったー。

じゃあ私もやんなくていーやー」

 

 

 

それがもし本当だったら、

見事なまでに2人揃って共倒れる。

 

 

 

 

「みんな色々言ってるけど、

見えないところで

頑張ってるんだよなぁ…」

 

 

 

見えないのがいけないんだ。

だから余計に孤独を感じてしまう。

 

 

 

ここはひとつ、人生の先輩に

アドバイスをもらおう。

 

 

隣の部屋をノックする。

 

 

「ねー、お兄ちゃーん」

 

 

 

「ん、なんだ?」

 

 

「ちょっと聞きたいんだけどさ、

1人で黙々と頑張んなきゃ

いけないときって、どうしてた?」

 

 

「そりゃあ、1人で

頑張るしかないだろ」

 

 

 

「あの…話聞いてました?

そうじゃなくて!

1人で頑張れないから、

どうしたら良いか悩んでるの!」

 

 

「友だちと一緒じゃダメなのか?」

 

 

「ダメだよ、目標が違うんだもん。

おんなじペースでやってたって、

どっちかの為にならないじゃん」

 

 

「なるほど。そこまで考えてんのは、

なかなかスゴいけどな」

 

 

「だ、か、ら!

お兄ちゃんはどうしてたの?」

 

 

「そう…だな。

俺のお供は、ラジカセだったかな」

 

 

「いやー無理無理!音楽聴きながらなんて

できっこない!しかもラジカセって!」

 

 

「音楽じゃなくって、ラジオだよ」

 

 

「ラジ…オ?」

 

 

「なんだその、初めて聞きました

みたいな顔は!結構良いんだぞ!

平日の夜に毎日やってた番組でな。

俺は、あの番組のおかげで頑張れたって

言ってもおかしくないからな」

 

 

「え、そんなに良いの!?

お兄ちゃんと似てるとこ多いから、

私もそれで頑張れるかも。

その番組は?まだ終わってないの?」

 

 

「どうだろうな。俺も聴かなくなってから

ずいぶん経つからな。

でもたぶん…やってんじゃねーか?」

 

 

「もー、テキトーなんだから!」

 

 

 

その晩、番組がやっていた時間に、

言われた周波数に合わせてみた。

 

 

「あ、これだ!」

 

 

優しそうで、とてもイイ声の男性が

メインで話している。

 

 

その番組の内容は、頑張る人たちが

みんなで一緒に頑張れるように、

というシンプルなものだった。

 

 

” それでは、お便りのコーナーに

  いきましょう。

  ラジオネーム

 「冬はふとんが恋人」さんから。

 

  『私は中学生で、来年は高校受験です。

     なかなか偏差値が上がらなくて

     悩んでいます。

     志望校を下げた方が良いと、

     クラスの子にバカにされます。

     そのせいで、やる気が少し

     無くなってきてしまいました。

     やる気が出るにはどうすれば良いですか』 ”  

 

 

 

「これ、私と似てる」

 

 

 

 

 

” なるほど。

  いまこのラジオを聴いている人で、

  おんなじようにやる気が出なくて

  悩んでいる人も、いるのかな。

  その人たちが、少しでも前を向けるように、

  この言葉を送ります… ”

  

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまるで、私に向けられた

言葉のように聞こえた。

 

 

みんな、誰かの言葉を待っている。

励まして、応援してくれる人を

必要としている。

 

 

 

次の日から、私の身体は

少し軽くなったような気がした。

 

 

 

 

 

「おっはよー!」

 

 

「お、おはよー…

あれ、なんか良いことあったの?」

 

 

「ううん、別にー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

” 一度や二度、

  うまくいかなかったとしても、

  辞めないで、投げ出さないで。

 

  続けていれば、必ずそれは力になる。

  努力は無駄なことなんかじゃない。

 

 

  しょせん無理だと笑われたって、

  そんな人なんか放っておけば良い。

 

 

  なんのためって、自分のため。

  目指している場所まで、あともう少しだ。

  あとちょっとで手が届く。

 

 

  頑張る苦しさは、

  いずれ楽しさへと変わるから。

 

 

  ツラくなったら頼れば良い。

  いつだって応援するよ、

  たとえ遠く離れたところでも。

 

 

  頑張れ、キミなら必ずできる。 ”

 

 

 

 

 

 

 

自分と同じことで

悩んでいる人はたくさんいる。

 

 

そのみんなで手を取って

進んでいけば、

強く強く歩いて行ける。

 

 

 

 

 

蕾はいつか花が咲く。

 

そのときを、

ただジッと待っている。

 

 

この寒い冬のすぐ後ろから、

春の足音は近づいてきている。

 

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写真提供 [Twitter ‪@___pompom28]

 

 

 

 

 

 

 

「変わらないこの今を」

 

 

 

 

 

” もうすぐ着くよ!

悠貴は?どこにいる? ”

 

 

” 俺はもう着いてる!

改札前で待ってるから! ”

 

 

 

 

遠距離恋愛を始めて、

もうすぐ一年になる。

 

今日は、月に一度だけ

大事な人に会える日。

 

 

改札前には、柱にもたれかかりながら

1人で携帯をいじっている男女が

チラホラいる。

 

きっと待ち合わせなのだろう。

会えるまでのこの時間が、

どうしてもそわそわしてしまう。

 

早紀は、もう近くの駅を

通り過ぎたと言っていた。

次の電車に乗ってくるかな。

 

 

 

電車が到着すると、

ホームの階段からはたくさんの

人が改札へと流れ込んでくる。

 

別に、連絡を待っていれば会えるのに、

人混みの中に紛れていないか

必死に探してしまう。

 

 

 

 

 

あ、いた。

 

 

 

その顔を見つけた途端、

この1ヶ月分の寂しさは

一瞬にして吹き飛んでいく。

 

 

 

 

「お待たせ!

あれ、悠貴また少し

背が伸びたんじゃない?」

 

 

「そう…かな?

いや、たぶん気のせいだと思うよ。

早紀こそ、なんか化粧が

濃くなってないか?」

 

 

「うるさい、なってません」

 

 

 

久しぶりに顔を合わせると、

前に会ったときよりも

少し変わったように見える。

 

 

「よし!…どこ行くか!」

 

 

 

「えー、なになに

もしかしてノープラン?」

 

 

「あぁ!もちろんだ!

早紀の行きたいところに行こう」

 

 

 

「いっつもそれじゃん!

んー、じゃあ…美味しいもの

たーーーくさん食べたい!」

 

 

「早紀もいっつもそれだけどな」

 

 

「なんですか?何か言いました?

別にあれから太ってませんけど!」 

 

 

 

「そこは言ってませんが…

よし!美味そうな飯

調べようぜ!」

 

 

 

早紀は、オシャレな場所や、

カップルが行くようなデートスポットに

行きたいとは言ってこない。

 

かなりの確率でご飯を食べたいと言う。

 

 

「うわーーーっ!海鮮丼!

おっきい!美味しそーーー!

ね、もう食べていい?」

 

 

「食べろ食べろ!

たーくさん食べろ!」

 

 

「いっただきまーーーす」

 

「前から気になってたんだけど、

聞いても良いか?」

 

 

「いーよ、なーに?」

 

 

「いや…その、デートいつも

一緒にご飯ばっかで、

早紀は良いのかなーって」

 

 

「好きな人と一緒に食べるご飯って

美味しいじゃん!」

 

 

「まぁ、そりゃ確かにな」

 

 

「私は、美味しいもの食べながら、

ゆっくり悠貴と話してる

この2人の時間が好きだなーって。

あれ、これ言ったこと

なかったっけ?」

 

 

 

 

色んなところに惹かれていく。

好きなところはどんどん増えていく。

 

もし、毎日のように顔を合わせていたら…

嫌いなところが増えて、たくさん

ケンカしたりするのだろうか。

 

 

会う度に想いが膨らんでいく今は、

まったく想像もつかない。

 

 

海鮮丼を食べ終わると、

早紀がデザートを食べたいと言い出した。

近くのお店を調べると、

美味しそうな和のスイーツが食べられる

お店があったので、そこに行くことにした。

 

 

 

あったかいコーヒーと、

冷たいソフトクリームがのったあんみつ。

 

 

「最強だよ…最強の組み合わせだよ!」

 

 

早紀は、キラキラした目で

色んな角度からあんみつを見ながら

感動している。

 

 

いつもデートのプランを立てないのは、

2人でこうやって新しいお店を

見つけられるし、その度に色んな

早紀が見れるから。

 

 

 

デザートを食べ終わった頃には、

もう夕方になろうとしていた。

 

 

 

「早紀、他に行きたいところは?」

 

 

さすがにもう、ご飯関係じゃないとは

思っていたものの、予想もしてない

答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「私ね、海に行きたい」

 

 

 

 

 

風はとても冷たく肌にあたってくる。

でも、潮の香りが心地良い。

 

 

「珍しいな、早紀が

海に行きたいなんて」

 

 

 

「会えなかったこの1ヶ月はね、

なんか…とっても寂しかったの。

そしたら、テレビに綺麗な海が

映ってて、今度会ったら一緒に観たいなー

って思ってた」

 

 

「そっか…

ま、そのテレビで観た海みたいに

キレイじゃないけどな」

 

 

冗談交じりに言ったつもりだった。

でも早紀は、いつもみたいに明るく

ツッコんでくることもなく、

ずっと海を眺めている。

 

 

 

 

「海はどこまでも繋がってるから、

一緒に見たら寂しくなくなるかなって

思ってたんだけど...

余計に寂しくなってきちゃったよ」

 

 

 

少し声を震わせながら、

一生懸命に伝えようとしている。

 

 

 

「寂しい気持ちに慣れることって

できないね。

寂しいよ、会えないの、

本当に寂しかった。でも、また…」

 

 

 

楽しみに、楽しみにしていた一日が

もうすぐ終わってしまう。

 

 

今日も楽しかった。

いっぱい食べて、いっぱい笑った。

 

 

「ごめんね、なんか…

私らしくないね!ナシ!今のナシ!」

 

 

「俺、もっともっと頑張るから。

もう少し、あと少しだけの

ガマンにしよう」

 

 

「うん!いーっぱいガマンした分、

いーっぱい幸せしてもらうからね!」

 

 

 

 

 

 

沈んでいく夕日に

今日のお別れをした。

 

 

 

この、一瞬たりとも忘れはしない。

 

 

 

 

忘れたくない日が

もっともっと増えていくように。

 

 

いつか彼女の寂しさを、

全部包みこむ幸せをあげれる

その日まで。

 

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写真提供 [Twitter ‪@usami_1341]

 

 

 

 

 

 

「越えられなくても超えていけ」

 

 

 

 

 

  

「ミナ、コウキ!おもちゃ片づけろー

飯にすんぞー」

 

 

 

『はぁーーい』

 

 

 

「よーし、良い返事だ。

コウキはご飯運ぶのも手伝えよー」

 

 

「ミナも、ミナもやる!」

 

 

「お!偉いな!

じゃあ…みんなのお茶碗

運んでもらおうかな」

 

 

「ぼく、ママよんでくる!」

 

 

「待て待て。

お兄ちゃんが行くから、コウキは

ご飯食べれる準備しといてな」

 

 

「わかったー!」

 

 

 

我が家には、父親がいない。

母親はここ数年体調を崩しがちで、

まともに家事もできない状態。

 

まだ小学生に上がったばかりのコウキと、

幼いミナの面倒も見つつ、

家の大抵のことは長男の俺がやっている。

 

 

「颯太(ソウタ)、あなたもまだ

全然遊びたい年頃だろうに…ごめんね」

 

 

「なんで母ちゃんが謝るんだよ。

こーなっちまったんだから

もう仕方ないって。

そんなことより、早く体調治さねーと」

 

 

「おにーちゃん!

てれび!かすみちゃん出てたよ!

 

 

「え、マジで?CM?」

 

 

「わかんなーい。なにかしゃべってた!」

 

 

「かすみちゃんこないのー?」

 

 

「佳純は…忙しいからな!

落ち着いたら遊んでもらおーな!」

 

 

「やったぁー!」

 

 

 

 

2人を寝かしつけ、母ちゃんも無事眠りに

ついたのを確認して、眠りについた。

 

 

仮眠程度の睡眠を取って、みんなを起こさないよう

音を立てずに、そっと夜明け前の外へ出かける。

 

 

新聞配達の仕事場へ向かおうとした時、

同じタイミングで、隣の家から人が出てきた。

 

 

「あれ、颯ちゃん!」

 

 

「佳純!?

こんな早くに家出てんのか?」

 

 

「今日はレッスンとか…打ち合わせとか

色々あってね…

集合早いし、ここから遠いから。

颯ちゃんはいつもこんなに早いの?」

 

 

「まぁ…このぐらいだな。

早朝の新聞配達が終わったら、

夕方まで工場だからな」

 

 

「颯ちゃん、昔からあんまり身体

丈夫じゃないんだから。

くれぐれも倒れたりしないでよね」

 

 

「いつの話してんだよ…

それ、小学校低学年とかの話だろ?

俺達もう22だぞ?」

 

 

「そっか、もうそんなに経つんだね」

 

 

「あ、そういえば、コウキが昨日

テレビ観てて、佳純が出てるって

騒いでたぞ。

もしかして…CMとか決まったのか!?」

 

 

「だったら良いんだけどね…

ドラマ、じゃないかな?生徒役で

ひとことセリフもらったの」

 

 

「そうだったのか!

うわー、観たかったなー」

 

 

「私いま、颯ちゃんの

目の前にいるじゃん」

 

 

「いや、それとこれとは

違うんだって!佳純が小さい頃からの

夢に向かってる姿を、観たかったんだよ」

 

 

 

 

 

 

幼稚園の頃から一緒にいる佳純は、

主演で映画に出ることが夢だと、

ずっと言っていた。

 

 

少しずつ、ほんの少しずつでも、

ちゃんと階段を上がってる。

 

 

「やべ、俺遅刻しちまう!

今度さ、時間あるとき俺ん家に

顔出してくれよ!

コウキとミナが喜ぶからさ」

 

 

「私も2人に会いたい!

でも来月にオーディションがあって、

その準備とかで今月帰り遅いからさ…

また連絡するね!」

 

 

「おぉ!オーディションか!

しっかり準備しろよ、頑張れ!」

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

それから、1ヶ月が経った頃。

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねー、かすみちゃんはー?

いつ来るのー?」

 

 

「確かに、あいつ連絡するとか言って

全然こねーな」

 

 

「ぼく、きのう

かすみちゃん見た!」

 

 

「そうなのか?どこで見たんだ?

ウチの前か?」

 

 

 

「うん!でもかすみちゃん…

かなしそうだった…」

 

 

「悲しそう…?

オーディションがダメだったのか…

いや、確か今日か明日だったような

気がしたんだけどな…」

 

 

 

「おにーちゃん、かすみちゃんに

来て!ってもっかい言ってね!」

 

「あぁ、きつく言っとくな!」

 

 

 

次の日の朝、いつもように

まだ眠っている薄暗い町へと 

出かけていくと、

パジャマ姿の佳純がいた。

 

 

「おい、佳純!そんな格好で

なにしてんだよ」

 

 

「あ、颯ちゃん…」

 

 

手に持っていたのは、

雑誌や新聞が積まれたものだった。

 

 

よく見ると、一番上には

ずっと練習していた台本が乗っていた。

 

 

「佳純…それ」

 

 

「あ、これね…もう良いの」

 

 

「良いことないだろ!

ずっと頑張ってきたじゃねーか!

こんなとこで投げ出すのかよ!」

 

  

「お母さんがね、もうこの歳なんだから

ちゃんと会社に勤めなさいって」

 

 

 

「お母さんに言われたから、辞めんのか?」

 

 

 

「やっぱり、心配かけたくないし…

ほら、やっぱりこれだけやってきたけど、

大きな結果は出てないから。

きっと私はダメなんだよ」

 

 

「お母さんのため?俺はこんな生活

してるけどな、一度だって

母ちゃんに言われて人生

決めたことなんかねーぞ。

誰かの為っていうのは、自分の意思で

選んだ道で、周りを幸せにしてやること

なんじゃねーのかよ」

 

 

「でも…」

 

 

「夢中になれることがあるって、

幸せなことなんだぞ。

この間言ってたオーディションは、

ダメ…だったのか?」

 

 

 

「ううん、今日の午前中」

 

 

 

 「マジかよ!なら行ってこい!

まだ間に合う、それから考えるんでも

遅くねーよ!

どうせ辞めるくらいの覚悟は

あったんだろ?

だったら最後、引退試合のつもりで

思いっきりやってこいよ」

  

 

 

「行くつもりなんてなかったから、

全然自信ないよ…」

 

   

「大丈夫だ、あんだけ一生懸命

やってたんだ、身体が覚えてるさ。

ほら、とっとと着替えて行ってこい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

好きなことをしてても、

苦しくなることはある。

 

得意なことをしてても、

うまくいかないことはある。

 

どこに向かっても、必ず壁はやってくる。

 

先に進めず行き詰まったとき、

自分の可能性を決めるのは自分だ。

 

じっとしてたって、

なんにも変わりゃしないんだ。

 

認めない限り、限界なんてない。

 

 

誰かに思いっきり

背中を押してもらったなら、

 

 

 

あとは全力で

目の前の扉をぶっこわせ。

 

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「いつかその日が来るまでに」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ!広樹(ヒロキ)、ちゃんと聞いてる?」

 

 

「あぁ、聞いてる聞いてる。

おい柚月(ユズキ)、ちょっと飲み過ぎだぞ。

明日仕事じゃねーのか?」

 

 

「明日は休みだから、

ぜーんぜんへーきなの」

 

 

「はいはい、そーですか。

そりゃ失礼しました」

 

 

週の始め、月曜日の夜。

1週間が始まったばかりの世の中は、

どこか憂鬱にまみれている。

 

地元の近くの居酒屋。

いつも大賑わいな週末と違って、

さすがに月曜の晩ともなると

お客さんの入りは少ない。

 

ま、そんな月曜の晩から

次の日を気にせずお酒を飲めるのは、

平日休みの特権かもしれない。

 

 

…にしても、かれこれ2時間、

仕事やら人間関係やらのグチを

淡々と聞かされている。

 

 

決して気持ちの良い

週の始まりとは言えたもんじゃない。

 

 

柚月とは地元が同じで、

昔から何かと一緒にいることが多い。

お互い高卒で社会に出たという

共通点もあって、学生じゃなくなっても

こうして顔を合わせる機会が多い。

 

大体は「飲み行こーよ」で

グチを聞かされるか、

「迎えに来てー」と足にされるか、

とことん良いように使われている。

 

それでも別に、悪い気がしない。

 

 

悪い気がしないのは…

 

 

 

 

「でね!なんでこんな仕事に

そこまで時間がかかるのか、

私にはさーっぱり分かんないの!」

 

 

「あぁ、さっきの話に戻ったのか。

柚月の話は行ったり来たりするから、

聞いてないと分かんなくなんだよ。

ちょっとは振り回されてるこっちの身にも

なったらどうかね」

 

 

「でも広樹は、いっつも

ちゃーんと聞いてくれてるもんねー

感謝してまーす」

 

 

「だったらたまには『今日は私が奢るよ』

とかないわけ?」

 

 

「いーでしょ別に割り勘なんだから!

ちっちゃい男だねー。だーから

いつまで経っても彼女出来ないんだよ」

 

 

「うるせー、余計なお世話だ!」

 

 

「まぁまぁ、そんな怒らない怒らない。

人生これからだよ!がんば!」

 

 

 

 

「柚月だって同じだろ?
人の心配してるヒマなんて
ないんじゃねーの?」

 

…と言おうとして、

口から出るギリギリでやめた。

 

危ない危ない。これ以上

波風立てたら、また倍で返される。

女性のマシンガントークには敵わない。

 

 

「ねえ!広樹は明日仕事?」

 

 

「明日は休…いや、仕事仕事!

最近忙しいからなー参っちゃうなー」

 

 

「はい、ウソ。休みなのね。

買い物付き合って!家具買いたいの!」

 

 

 

「えー、休みの日に

力仕事すんの嫌だよー」

 

 

「はい、つべこべ言わない。

付き合ってくれたら…なんと!

広樹の好きなラーメンを

奢って差し上げまーす!」

 

 

 

 

「替え玉は?」

 

「もちろんOK、煮卵もつけちゃう」

 

「よし行こう」

 

 

 

 

 

柚月が言った

” 付き合う ”という単語に、

思わずドキっとしてしまった。

 

 

「なーに考えてんだ、俺は」

 

 

 

 

 

 

うまいこと柚月に乗せられ、

一瞬にして終わった休日。

 

デカいソファーだけかと思ったら、

まさかの本棚まで購入するとは想定外。

もう肩と腰がバッキバキ。

 

でもまぁ、約束通り

ラーメンは奢ってもらったし、

それなりに…楽しかった。

 

 

 

別にこのままでも良いと

思っていた。

わざわざ関係が崩れるかもしれない

博打なんかするつもりはなかった。

 

ずっとこのままで、

いれると思っていたのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少し経って、

またお決まりの居酒屋で顔を合わせた。

 

でも今日は、

いつもとは少し違った。

 

 

「どうしたの?

広樹から誘ってくるなんて

珍しいじゃん!

明日は嵐になるかもー!

飛ばされないようにしなきゃね!」

 

 

 

 

 

「もうさ、

飛ばされちまったんだよね」

 

 

 

「え?なになにどゆこと?」

 

 

「相っ変わらず察しが悪いな!

転勤になったんだ、来月から」

 

 

「転勤…って、どこに…?」

 

 

「東北の…って言っても

柚月じゃ分かんねーか。

日本地図で言うと上のほうで…」

 

 

「そんくらい分かるよ!」

 

 

「たぶん行ったら当分は

帰ってこれねーと思うんだ。

だからさ、こっちいる間に

やっておきたいことがあって」

 

 

「やっておきたいこと?」

 

 

「そう。次の休みが一緒になったらさ、

俺の用事に付き合ってくれねーか?」

 

 

「…いーよ!まーったく

仕方ないんだからー」

 

 

「さんきゅ!あとで予定送るわ!」

 

 

「うん…!」

 

 

 

 

 

 

広樹が…遠くに行ってしまう。

ここから居なくなるなんて、

考えたこともなかった。

 

ずっと閉じ込めていたこの気持ち。

思いきって伝えられたら、

どれだけ楽なんだろう。

 

でも広樹は、きっと私のことなんて、

ただの友達としか思ってないだろうな。

 

 

転勤を告げられたあの日から、

頭の中で言葉を浮かべては消す作業を

ひたすら繰り返していた。

 

結論が出せないまま、

広樹と会えるラストチャンスの日を

迎えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅で待ち合わせをして、

ロープウェイに乗ろうと言ってきた。

どうやら、広樹のやっておきたいことは

この先にあるらしい。

 

 

目的地に向かっている道中は、

いつもと変わらず

くだらない会話をしていた。

 

それでも私のぎこちない感じは

なかなか取れない。

 

すると、隣を歩いていた広樹が

私の真正面にきた。

 

 

 

「たまにはさ、

真面目な感じでもいーよな?」

 

 

「別に、良いんじゃない?」

 

 

 

「柚月に渡したいものがあって…」

 

 

そう言って、私の手を開かせた。

ギュッと握らされたその中身は、

ひんやり少し冷たかった。

 

 

「見ても…いいの?」

 

 

「あぁ、要らなかったら

全力投球でブン投げてくれ」

 

 

握った手をそっと開いた。

少しひんやりとした感触の正体は、

1本のカギだった。

 

 

「これは…」

 

 

「俺と一緒に住まないか?

お互い何にも知らない場所で。

ゼロから、一緒に」

 

 

少しも考えることなく、

大きく頷いた。

 

 

「え、即答…?

もうちょっとさ、ほら、

含みを持たせて…」

 

 

「しょーがないじゃん!

悩むことなんて、

なーんにもないんだもん!」

 

 

 

 

2人なら、なんでも

越えていけると思った。

綺麗事だとか、ありきたりだとか

言われたって関係ない。

 

 

心から、

本気でそう思える人だから。

 

くだらないことで

ずっと一緒に笑っていられたら、

ただそれだけで。

 

 

 

「で、広樹がやっときたかったことって

なんだったの?わざわざここに来た

意味はあるんでしょ?」

 

 

「もちろん。

これをな、2人で一緒に…」

 

 

 

 

 

新たな始まりを祝福する鐘が、

冬の空へと鳴り響いた。

 

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写真提供 [Twitter ‪@nana_photo___ ‬ ] 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもこの世界が夢だったなら」

 

 

 

「私、マサくんのことが好き…です」

 

 

「え…」

 

 

 

告白、された。

思ってもみなかった、突然のことだった。

 

 

高校3年生に上がり、2年連続で

同じクラスになったときは、

走り出したくなるくらいに嬉しかった。

 

 

クラスでは普通に話すし、

当然連絡先も知っていたから、

何度かやり取りをしたこともあった。

 

 

でも、その程度だと思っていた。

密かに想いを寄せていたのが、

彼女もだったなんて…。

 

 

街の音は何も聞こえなくなり、

彼女の声だけが耳に届いた。

 

 

「あの…返事、待ってるんだけどな」

 

 

「あ、わりぃ!実は俺も…

ずっと前からみなみのことが気になってて…

ってこんなこと言っても

信じてもらえないよな」 

 

 

「嬉しい…でも、気づいてたよ。

マサくんが私を気にしてくれてたこと」

 

 

「え、そうなの?

うわー、すげー恥ずかしいじゃん!」

 

 

「マサくんが何も言ってくれないから、

一回きりの高校生活がこのまま

終わっちゃうなーって」

 

 

「ありがとう…なのかな。

こういうときって、

何て言っていいか分からないな」

 

 

「ちゃーんと、マサくんの口からも

聞かせてほしいな、私への気持ち」

 

 

「お、俺もみなみのことが、好き…です。

お付き合い、お願いします」

 

 

「うん!よろしくね!」

 

 

小さな声で” 嬉しい ”と

彼女が呟いたのが聞こえた。

 

 

こんな可愛い子と付き合えるなんて

夢じゃないのか…いや、夢なんてもっと

ヘンテコなものばっかりだ。

 

現実…なんだ。

こうして、俺たちの付き合いは始まった。

 

 

 

 

夏は2人で祭りに行って、花火を見て。

浴衣姿はあまりにも可愛いすぎて。

 

 

 

プールに行ったときもそうだ。

水着姿の彼女は眩しすぎて、

なかなか直視できなかった。

 

 

 

文化祭では、一緒に校内を回ったりして。

こんなに可愛い彼女を連れていることに、

誇らしくも感じた。

 

 

 

クリスマスはイルミネーションを見に行って。

プレゼントは水色のマフラーをもらった。

みなみが手編みで作ってくれたものだ。

冬の彼女は、また一段と可愛く見えた。

 

 

そして年が明け、初詣に行った。

 

 

「あ、そういえばマフラーありがとな!

すげーあったけーのな、これ!」

 


「マサくんがそう言ってくれると、

一生懸命作った甲斐があるよ!」

 

 

少し、静かな時間が流れる。

 

 

「もうすぐ卒業かー…

あっという間だったなー高校生活」

 

 

「あのまま今日まで過ごさなくて良かった。

勇気出して、マサくんに想いを伝えて良かった」

 

 

「本当だな。みなみっていう可愛い彼女がいて、

俺は幸せだよ」

 

 

「私も、幸せ!

でも卒業したら…そんなに

会えなくなっちゃうね」

 

 

「そうだな…みなみは

春から大学生、俺は社会人だからな」

 

 

「うん…」

 

 

「大丈夫だよ!休みは全然あるんだし!」

 

 

「会いにきてよね!」

 

 

  「おう!」

 

 

 

卒業式を迎え、2人はお互いの

進路へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

” お疲れさま!(*'▽'*)

 会社はどう?変な会社じゃなかった?

 ゆっくり休んでね! ”

 

 

” 変な会社ってなんだよ!笑

  みんな良い人だし、結構楽しいよ! ”

 

 

文章だけのやり取りが増えていく。

そんなのは分かりきっていたことだ。

 

ただ、日が経つにつれて

マサくんの返信スピードは遅くなり、

2日に1回、3日に1回と

間隔が広くなっていった。

 

 

「では、歓迎会ということで、

新入社員のこれからの活躍を願って…

かんぱーい!」

 

 

「かんぱーい!」

 

 

「岡田くんは、まだお酒ダメよ!」

 

「わ、分かってますよ!

ウーロン茶で我慢します!」

 

3つ上の先輩社員、柚月さん。

少し明るめで肩まである長い髪。

パッチリとした目に素敵な笑顔。

とても綺麗な人だ。社会って素晴らしい。

 

 

 

「おい岡田!お前に柚月ちゃんは

5年はえーわ!」

 

 

「え、なんですか!

そんなつもりじゃ…」

 

 

「誤魔化したってムダだぞー

さっきからずーっと、柚月ちゃんのこと

ばっかり見てたじゃねーか!

柚月ちゃんも、あんまり新人を

甘やかしちゃダメだ!」

 

 

「えー、私そんな風に見えました?

課長、もうお酒が回ってきてるんじゃ

ないですか?」

 

 

「そ、そうですよ!

勘弁してくださいよ!」

 

 

社会に出ると、何もかもが新鮮で

キラキラして見えた…

 

 

のは、ほんのわずかな錯覚で、

すぐに大きくひっくり返った。

 

 

働くってのは大変なことで、

毎日毎日、疲れて帰るだけの日々。

休日にも午後から勉強会があって、

そのあとは決まって飲み会。

 

浮かれてたのは、新鮮味があった最初だけで、

徐々に我に返り初めた。

 

体も心も、ホッと一息

つけるところを求めていた。

 

 

クタクタになって家に帰る。

布団に寝転がりながら携帯を見ると、

未読のままにしていた

みなみからの連絡が溜まっていた。

 

 

「俺、こんなに返してなかったのか」

 

今日はいいか、明日でいいやで、

こんなにも日にちが経っていることに

気がつかなかった。

 

メッセージを開くと、

そこには彼女の優しさが溢れていた。

 

 

” 今日も遅くまでお仕事かな?

  身体こわさないようにね!

  ゆっくり休んでね! ”

 

 

” 今日もお疲れさま!

  次の休みはいつなのかな…?

  声も聞きたいし、会いたいけど…

  マサくん頑張ってるから我慢する!

  私もがんばるからね! ”

 

 

 

「なにをやってんだ、俺は」

 

 

社会という新しい世界の

何もかもに目移りをして、

自分のことしか考えないで…

 

それでもみなみは、こんなにも

俺のことを考えてくれていた。

 

 

少し前から、みなみからの連絡も

止まっていた。

連絡しよう、次の休みに会いに行こう。

俺が稼いだ金で、みなみの好きなものを

たくさん食わしてやろう。

 

もしかしたら…

まだ起きてるかもしれない。

 

急いでみなみに電話をかける。

 

 

『もしもし?』

 

 

「あ、みなみ!良かった、

まだ起きてたか!

全然連絡しなくてごめんな…。

あのさ、来週の水曜の晩って

時間あるか?

俺、勉強会終わったら

飲み会断るからさ、夜空けられるからよ!

みなみの好きなものでも食べに…」

 

『ごめんなさい…』

 

 

「そっか、水曜は都合悪いか!

じゃあ土曜の夜は…」

 

『私、他に好きな人ができたの。

もう…マサくんのことは

待ってられなかった…

終わりにしよ、私たち』

 

 

「お、おい…待ってくれよ!

1回ちゃんと会って話そう!」

 

 

『ごめんなさい。

もう連絡してきても出ないから、

して来ないでね。さようなら』

 

 

 

 

電話が切れて、みなみの

楽しそうに笑っていた顔が浮かんだ。 

 

 

 

 

なんで気づかなかった。

いや、気づけなかった。

自分が変わっていってたことに。

 

自分のことなんて、

周りが言ってくれなきゃ

なんにも分かりゃしない。

 

 

 

気持ちが薄れている途中なら、

もしかしたら取り返せるかもしれない。

 

だけど、

 

一度離れてしまった心は、

なかなか元には戻らない。

 

 

 

 

 

 

どれだけ自分はバカだと悔やんでも、

なんであのときにと責め立てても、

戻せない、時間は戻らない。

 

後悔なんて、何の意味も持たない。

 

 

 

 

当たり前だと思っていると、

壊れたときの怖さを

想像することもできない。

 

 

色のある世界は、

時として一瞬で崩れ落ちる。

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写真提供 [Twitter ‪@kurosanpa ‬]