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365日のストーリー

忘れたくないあの1ページ

「止まらぬ針に想いをのせて」

 

 

 

 

 

 

「い、いらっしゃいませー!

2名様ですね!ご案内致します!」

 

 

休日の夕方。

店内は、カップルや若者で賑わっている。

 

「あれ、大澤さん。今日なんか良い事あった?

いつにも増して気合いが入っているような…」

 

「な、何にもありません!」

 

何にもないどころか、

私にとっての一大イベントだ。

大学で同じ福祉サークルの崎村先輩が、

一緒に映画を観ようと誘ってくれた。

ドジで引っ込み思案のこんな私を。

 

人と明るく話せるようになりたくて、

このカフェでバイトを始めた。

もうすぐ1年になる。

ドジは相変わらずだけど、

少しずつ変われてる実感はある。

 

19時に都内で集合して、

映画を観に行く約束。

 

腕につけている時計を見る。

待ち遠しくて、

時間の流れがじれったく感じる。

 

「もう少し、あと少しだ」


楽しみなことが待ち構えていると、

不思議といつも以上に頑張れる。

 

 

バイトが終わり、ものすごい勢いで

家へと駆けこんだ。

 

「急がなきゃ」

 

今日は普段とは違う、

少し背伸びをした自分。

 

この正月に思い切って

洋服とアクセサリー、

時計までも買ってしまった。

バイトを頑張ってきた甲斐があった。

 

年明けの「あけましておめでとう」と

一緒に来た突然のお誘い。

ずっと仲良くさせてもらってた

先輩ではあったけど、

まさか個人的に誘われるなんて

思ってもみなかった。

 

カレンダーについた赤い丸。

連絡が来てからというもの、

毎日のようにこの日を待ちわびていた。


 

 


大学は、東京から少し離れた

田舎の方にある。

選んだ理由は…家から近かったから。

バイト先も同じ理由で探した。

 

だから、正直都内は行き慣れていない。

何度か友達と行ったことがある程度。

 

「えーっと…この駅…かな?」

 

乗り換えも、スマホで調べながら

なんとかクリア。

 

「つ、着いたー」

 

さすがは休日の夜。

駅前にはものすごい数の人。

友達と一緒だとなんてことない景色も、

1人になるとまるで別世界に見える。

 

急に不安な気持ちになって

時計を確認すると、

待ち合わせの時間までは

あと10分あった。

 

「あれ、場所ってどこだろう」

 

時間は決めていたが、

場所はまだ決めていなかった。

崎村先輩は、都内で用を済ませてから

合流する予定になっている。

 

「連絡…してみようかな。

もう出るかな」

 

少し緊張しながら、

「崎村先輩」と書かれた

携帯の連絡先を見つめる。

 

 

「あっ」

 

 

急に人がぶつかってきて、

手から携帯がすり落ちていく。

 

 

 

” ガシャン ”

 

 

 

鈍い音と共に、地面に叩きつけられた。

 

 

「え、ウソ…」

 

画面はバキバキになり、どこを押しても

反応しない。

 

「イヤだ、イヤだよ」

 

何度押しても、画面は真っ暗なまま。

頭は一気に真っ白になった。

 

 

連絡が取れない。

スマホがないと、

人に会うこともできない。

 

どうすることもできず、

駅にいれば会えるかもしれない

というわずかな期待を胸に、

しばらく待った。

 

 

しかし、一向に現れない。

現れる訳がない。

ここにいるという保証もない。

もし居たとしても、

この人混みの中から見つけ出すことは

簡単じゃない。

 

 

いまの状況を伝えることすらも出来ず、

ジッとしてることも出来ず、

ただ闇雲に探し回った。

 

 

 

 

時計を見ると、待ち合わせの時間から

2時間が経とうとしていた。

数時間前に時計を見たときのワクワクを

思い出したら、今にも泣き出しそうだ。

 

密かに調べていた映画の時間は

もうとっくに過ぎていて、

今日の上映は全て終わってしまった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 



家の最寄り駅に着いた頃にはもう、

23時を回っていた。

あんなに空いていたお腹も、

今は何も食べる気分にならない。

 

「嫌われちゃったよ…」

 

約束をバックレた私は、最低な人間だ。

 

 

 

 


「大澤!!」

 

 

 

目の前に、息を切らした崎村先輩がいる。

 

 

 

「え、崎村先輩…!

あの、その…」

 

 

先輩の顔を見た途端、

我慢していた涙が一気に溢れ出した。

 

 

「急に連絡が返ってこなくなったから

心配したんだぞ。

なんかあったんじゃねーかと思って」

 

 

「違うんです、違うんです。

携帯を落としてしまって…」

 

 


「なんだ、そうだったのか。

あーあーこんなバキバキになっちゃって。

いやー、でも良かった良かった。

都内で駅の周り走りまくって

探したんだけどな、

出口が多過ぎて多過ぎて。

で、大澤の友達に最寄り駅聞いて、

絶対ここには帰ってくるだろうと思ってな」

 

 

一生懸命私を探してくれた

崎村先輩が目に浮かぶ。

 

こんな時間まで、連絡が無くても

ずっと…。

 

「いや、家も聞いたんだけどさ、

実家なんだろ?さーすがに親御さんに

会う勇気はなくってな」

 


「ごめんなさい…本当にごめんなさい!」

 


「おいおい、そんな泣くなって!
にしても、ほんっと俺たちはスマホがないと
生きていけねーんだな。参った参った」

 

 


何も言葉を返せず、ただただ涙を抑えるので
必死だった。

 


「また今度行こうな、映画。

ちゃーんと携帯、修理出せよ!
今度は2台持ってた方がいーかもな」

 

 

涙でボヤけて見える優しい笑顔に、
何度も頷いた。大きく、何度も。

 

 

 

 

 

 


家に帰り、

カレンダーに赤い丸を書いた。

 

 

過ぎた今日は取り戻せない。

どころか、時間は止まってもくれない。

 

またやってくる明日も、明後日も、

私を彩ってくれる人が居たら。

 

 

きっとそれだけで、

この時間を愛おしく思える。

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写真提供 [Twitter ‪@yuncamera_25 ‬]