365日のストーリー

忘れたくないあの1ページ

「いつかその日が来るまでに」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ!広樹(ヒロキ)、ちゃんと聞いてる?」

 

 

「あぁ、聞いてる聞いてる。

おい柚月(ユズキ)、ちょっと飲み過ぎだぞ。

明日仕事じゃねーのか?」

 

 

「明日は休みだから、

ぜーんぜんへーきなの」

 

 

「はいはい、そーですか。

そりゃ失礼しました」

 

 

週の始め、月曜日の夜。

1週間が始まったばかりの世の中は、

どこか憂鬱にまみれている。

 

地元の近くの居酒屋。

いつも大賑わいな週末と違って、

さすがに月曜の晩ともなると

お客さんの入りは少ない。

 

ま、そんな月曜の晩から

次の日を気にせずお酒を飲めるのは、

平日休みの特権かもしれない。

 

 

…にしても、かれこれ2時間、

仕事やら人間関係やらのグチを

淡々と聞かされている。

 

 

決して気持ちの良い

週の始まりとは言えたもんじゃない。

 

 

柚月とは地元が同じで、

昔から何かと一緒にいることが多い。

お互い高卒で社会に出たという

共通点もあって、学生じゃなくなっても

こうして顔を合わせる機会が多い。

 

大体は「飲み行こーよ」で

グチを聞かされるか、

「迎えに来てー」と足にされるか、

とことん良いように使われている。

 

それでも別に、悪い気がしない。

 

 

悪い気がしないのは…

 

 

 

 

「でね!なんでこんな仕事に

そこまで時間がかかるのか、

私にはさーっぱり分かんないの!」

 

 

「あぁ、さっきの話に戻ったのか。

柚月の話は行ったり来たりするから、

聞いてないと分かんなくなんだよ。

ちょっとは振り回されてるこっちの身にも

なったらどうかね」

 

 

「でも広樹は、いっつも

ちゃーんと聞いてくれてるもんねー

感謝してまーす」

 

 

「だったらたまには『今日は私が奢るよ』

とかないわけ?」

 

 

「いーでしょ別に割り勘なんだから!

ちっちゃい男だねー。だーから

いつまで経っても彼女出来ないんだよ」

 

 

「うるせー、余計なお世話だ!」

 

 

「まぁまぁ、そんな怒らない怒らない。

人生これからだよ!がんば!」

 

 

 

 

「柚月だって同じだろ?
人の心配してるヒマなんて
ないんじゃねーの?」

 

…と言おうとして、

口から出るギリギリでやめた。

 

危ない危ない。これ以上

波風立てたら、また倍で返される。

女性のマシンガントークには敵わない。

 

 

「ねえ!広樹は明日仕事?」

 

 

「明日は休…いや、仕事仕事!

最近忙しいからなー参っちゃうなー」

 

 

「はい、ウソ。休みなのね。

買い物付き合って!家具買いたいの!」

 

 

 

「えー、休みの日に

力仕事すんの嫌だよー」

 

 

「はい、つべこべ言わない。

付き合ってくれたら…なんと!

広樹の好きなラーメンを

奢って差し上げまーす!」

 

 

 

 

「替え玉は?」

 

「もちろんOK、煮卵もつけちゃう」

 

「よし行こう」

 

 

 

 

 

柚月が言った

” 付き合う ”という単語に、

思わずドキっとしてしまった。

 

 

「なーに考えてんだ、俺は」

 

 

 

 

 

 

うまいこと柚月に乗せられ、

一瞬にして終わった休日。

 

デカいソファーだけかと思ったら、

まさかの本棚まで購入するとは想定外。

もう肩と腰がバッキバキ。

 

でもまぁ、約束通り

ラーメンは奢ってもらったし、

それなりに…楽しかった。

 

 

 

別にこのままでも良いと

思っていた。

わざわざ関係が崩れるかもしれない

博打なんかするつもりはなかった。

 

ずっとこのままで、

いれると思っていたのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少し経って、

またお決まりの居酒屋で顔を合わせた。

 

でも今日は、

いつもとは少し違った。

 

 

「どうしたの?

広樹から誘ってくるなんて

珍しいじゃん!

明日は嵐になるかもー!

飛ばされないようにしなきゃね!」

 

 

 

 

 

「もうさ、

飛ばされちまったんだよね」

 

 

 

「え?なになにどゆこと?」

 

 

「相っ変わらず察しが悪いな!

転勤になったんだ、来月から」

 

 

「転勤…って、どこに…?」

 

 

「東北の…って言っても

柚月じゃ分かんねーか。

日本地図で言うと上のほうで…」

 

 

「そんくらい分かるよ!」

 

 

「たぶん行ったら当分は

帰ってこれねーと思うんだ。

だからさ、こっちいる間に

やっておきたいことがあって」

 

 

「やっておきたいこと?」

 

 

「そう。次の休みが一緒になったらさ、

俺の用事に付き合ってくれねーか?」

 

 

「…いーよ!まーったく

仕方ないんだからー」

 

 

「さんきゅ!あとで予定送るわ!」

 

 

「うん…!」

 

 

 

 

 

 

広樹が…遠くに行ってしまう。

ここから居なくなるなんて、

考えたこともなかった。

 

ずっと閉じ込めていたこの気持ち。

思いきって伝えられたら、

どれだけ楽なんだろう。

 

でも広樹は、きっと私のことなんて、

ただの友達としか思ってないだろうな。

 

 

転勤を告げられたあの日から、

頭の中で言葉を浮かべては消す作業を

ひたすら繰り返していた。

 

結論が出せないまま、

広樹と会えるラストチャンスの日を

迎えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅で待ち合わせをして、

ロープウェイに乗ろうと言ってきた。

どうやら、広樹のやっておきたいことは

この先にあるらしい。

 

 

目的地に向かっている道中は、

いつもと変わらず

くだらない会話をしていた。

 

それでも私のぎこちない感じは

なかなか取れない。

 

すると、隣を歩いていた広樹が

私の真正面にきた。

 

 

 

「たまにはさ、

真面目な感じでもいーよな?」

 

 

「別に、良いんじゃない?」

 

 

 

「柚月に渡したいものがあって…」

 

 

そう言って、私の手を開かせた。

ギュッと握らされたその中身は、

ひんやり少し冷たかった。

 

 

「見ても…いいの?」

 

 

「あぁ、要らなかったら

全力投球でブン投げてくれ」

 

 

握った手をそっと開いた。

少しひんやりとした感触の正体は、

1本のカギだった。

 

 

「これは…」

 

 

「俺と一緒に住まないか?

お互い何にも知らない場所で。

ゼロから、一緒に」

 

 

少しも考えることなく、

大きく頷いた。

 

 

「え、即答…?

もうちょっとさ、ほら、

含みを持たせて…」

 

 

「しょーがないじゃん!

悩むことなんて、

なーんにもないんだもん!」

 

 

 

 

2人なら、なんでも

越えていけると思った。

綺麗事だとか、ありきたりだとか

言われたって関係ない。

 

 

心から、

本気でそう思える人だから。

 

くだらないことで

ずっと一緒に笑っていられたら、

ただそれだけで。

 

 

 

「で、広樹がやっときたかったことって

なんだったの?わざわざここに来た

意味はあるんでしょ?」

 

 

「もちろん。

これをな、2人で一緒に…」

 

 

 

 

 

新たな始まりを祝福する鐘が、

冬の空へと鳴り響いた。

 

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写真提供 [Twitter ‪@nana_photo___ ‬ ]