365日のストーリー

忘れたくないあの1ページ

「待っている場所へ」

 

 

 

 

 

『お邪魔しまーす!』

 

 

「はいはい、いらっしゃい!

外寒かったでしょ。

ほら、こたつあったまってるから、

早く中に入りなさい」

 

 

じいちゃんの還暦祝い。

父ちゃんと母ちゃんとの3人で、

久しぶりに田舎へ遊びにきた。

 

正月はドタバタしたせいで

顔を出せなかったけど、

無事こうして、みんなで

来ることができた。

 

 

じいちゃんの家って、なんでこんなに

落ち着くんだろう。

家そのものが包み込んで

くれてるみたいだ。

 

 

テーブルの上には、寿司にお酒に

唐揚げ、サラダと

豪華なご飯が並んでいた。

 

その光景を見て、

母ちゃんがせかせかと台所へ

入っていった。

 

 

「お母さん!これ1人で準備したの?」

 

 

「ちょっと張り切りすぎて

しまったかねぇ。

朝早うから準備してたのに、

あっという間に

お昼になってしまったよ」

 

 

「まったく…もう。

私も何か手伝うから」

 

 

「優はあんなに良い男になって…

立派に育てたね。

ちゃんと母親やれてるんだねぇ」

 

 

「だって優、もう高校生だよ。

私、長いこと母親やってるんだよ」

 

 

「そうかい、そうかい。

今日はゆっくり

していきなさいな」

 

 

じいちゃんと父ちゃんは、

もうお酒を飲み始めている。

 

顔を少し赤らめながら、

楽しそうにゴルフの話をしている。

 

 

「ほら、優も飲むか?

一杯くらい大丈夫じゃろう」

 

 

「え、良いの?」

 

 

グラスを受け取ろうとして

伸ばした手は、

すかさず母ちゃんに叩かれた。

 

 

 

「良い訳ないでしょ!」

 

 

「ちぇーっ」

 

 

家族が集まって、昔話に花が咲く。

俺が小さい頃、じいちゃんの顔を見ると

泣き出してしまっていたこと。

俺がハイハイから

初めて立って歩いたときは、

スタンディングオベーション

だったこと。

 

テレビの音なんてなくたって、

みんなの笑い声だけで充分だった。

 

 

 

じいちゃんとばあちゃんから

母ちゃんが生まれて、

父ちゃんと出会って、俺が生まれた。

 

 

 

命って、すごいな。

家族って、いいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

還暦のお祝いで

家族が集まったあの日から、

3年の月日が経った。

 

 

大学を卒業して社会に出たら、

気軽に会いに来ることはできなくなる。

そう思って、卒業前に

1人で会いに来た。

 

 

「優、いらっしゃい。

ここまで来るのに、迷わなかったかい?」

 

 

「うん、大丈夫だったよ」

 

 

「また大きくなったか?

ほれ、ここに立ってみろ」

 

 

木造の家の柱に、線が何本も引いてある。

俺が小さい頃からの成長記録だそうだ。

 

「え、俺ってこんなに小さかったの?」

 

 

一番下に引いてあった線は、

信じられないくらい低いところだった。

 

 

「孫の成長ってのは、

早いもんじゃのう」

 

 

「ほら、晩ご飯は

優の好きなすき焼きだよ。

いーっぱい作ってあるから、

たくさんお食べ」

 

 

「うん、ありがとう!」

 

 

顔を出すたびに良くしてくれる。

そして、いつも

身体の心配をしてくれる。

 

 

本当に心配なのは、こっちの方だ。

 

 

いつまでも元気だと

思っていたじいちゃんが、

去年入院した。

 

お見舞いに行って、ベッドに横たわっている

じいちゃんを見たとき、

ずいぶんと歳を取っているように感じた。

 

いつの間にかこんなに痩せていた。

全然気づかなかった。

 

 

 

 

「優は、来年から社会人か?」

 

 

「うん、その予定なんだけど…」

 

 

「あら、どうしたの?

なんか心配事でもあるのかい?」

 

 

「まだ…ハッキリと、自分の

やりたい事が見えてないんだ」

 

 

 

 

 

やりたいことはある。

けど、親も教師も

決して賛成はしていなかった。

 

 

周りからの期待と、

それに応えられない自分。

自分のやりたい事と、

それを受け入れてくれない

周りの環境とが交錯していた。

 

 

「そうかそうか」

 

 

想いを全部打ち明けた。

ただただ頷いて、

一生懸命に話を聞いてくれた。

 

そして、こう言ってくれた。

 

 

 

「優の好きなように、

思いっきりやったら良い。

その代わり、絶対に周りの人たちを

悲しませるようなことが

あってはいけないぞ」

 

 

 

じいちゃんは厳しい人だけど、

いつも最後は俺の背中を押してくれる。

 

 

またツラくなったときは、

いつでもじいちゃんの言葉に

助けてもらえば…

 

 

いつでも…

 

 

 

いつでも…って、いつまでだ?

 

 

 

いつまで会える?

 

 

じいちゃんも、ばあちゃんも

ひとつひとつ歳を重ねている。

 

 

少しずつ、終わりの時間へと

近づいている。

 

 

 

ずっと生きていることなんて

誰にもできない。

 

 

それがいつ

終わるかなんて分からない。

 

分からないから、

1回1回を大切にするんだ。

 

 

元気なうちに、

してあげれることはなんだ?

会えるうちに、

言ってあげられる言葉はなんだ?

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、帰る支度を済ませて

玄関へ向かった。

 

 

 

「またいつでもいらっしゃいな。

美味しいご飯作るからね」

 

 

「身体に気をつけてな、

一生懸命、頑張るんじゃぞ」

 

 

 

この笑顔が見れるうちに、

もっと喜んでもらえるような報告を

たくさんするんだ。

 

 

 

「俺、頑張るから」

 

 

 

 

外に出て見送ってくれている

じいちゃんとばあちゃんに、

精一杯大きく手を振った。

 

振り返りながら、見えなくなるまで

ずっと、ずっと。

 

 

 

 

今度行くときは、やりたいことで

結果は出てるかな。

大事な人を、俺のお嫁さんだと

紹介できるかな。

 

 

 

 

 

大好きなあの場所に別れを告げた。

決意を胸に、前だけを向いて歩くと誓った。

 

 

 

「また会える日まで、元気でいてね」

  

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