365日のストーリー

忘れたくないあの1ページ

「ただ、あなただけに」

 

 

 

- 住んでいる場所も、名前も知らない

   大切なあなたへ。

   私の言葉は、届いていますか? -

 

 

  

 

 

 

 

私は小さい頃から絵を描くのが好きで、

小学生のときも、中学生のときも、

時間があれば絵を描いていた。

 

高校生も半ばになった頃、絵を描くことを

仕事にしたいと思うようになった。

 

これからもずっと、

私の好きなことで生きて行きたい。

 

 

 

思いきって両親に相談したら、

「なんでも挑戦してみなさい」

と言ってくれた。

 

両親の後押しもあって、卒業後は

アルバイトをしながら

絵を描き続けることに決めた。

 

ここから先は険しい道。

そんなことは分かってる。

だから、ただ絵を描いて

満足するのはもう終わり。

色んな人に見てもらってこそ

意味があるんだ。

 

 

すぐさまSNSに登録して、

タブレットで描いたイラストを

公開していくことに決めた。

 

 

 

 

「ふうー、終わったー!」

 

記念すべき最初の更新は

ちょっぴり照れくさくもありながら、

ここから始まる期待感でもいっぱいだった。

 

「まぁ、最初はこんな感じだよね!」

 

 

更新していくたびに、

ほんの少しずつでも見てくれる人が

増えていくのが、たまらなく嬉しかった。

 

 

携帯が鳴り、通知が来る。

 

 

カメラで写真を撮っている

男性からだった。

顔が見えないプロフィールからでも、

爽やかな印象が伝わってくる。

 

 

「わぁ、素敵…」

 

 

まるで私もそこにいるみたいだ。

その一枚一枚に

心を打たれてしまった。

 

 

 

 

 

− 素敵なお写真ですね!

    感動しました! −

 

 

 

 

 

思いきってメッセージを

送ると、すぐに返事がきた。

 

 

 

 

− そう言ってもらえると

    励みになります。

    絵を描いていらっしゃるんですね。

    僕の何千倍も素敵ですよ。

    これからもそっと、応援しています。 − 

 

 

 

 

初めてこんな言葉をもらった。

嬉しいを通り越して、感動してしまった。

 

 

それからも、多くのやりとりを

するわけでもなく、

ただ、お互いの投稿に言葉を添える。

 

 

− 海、行ったんですね!(*'▽'*)

   私の家に近くにも海があるんですよ!

   綺麗なオレンジ色の夕陽、

   とっても素敵です! −

 

 

 

− 若い男女の初々しい感じが

   伝わってくる素敵な絵です。

   寒い日が続きます。

   遅くまで頑張りすぎて

   体調を崩さぬよう、お気をつけて。 −

 

 

 

− 冬の良さがいーっぱい詰まった、

   心温まるお写真ですね!

   私も頑張ります!( ^ω^ ) −

 

 

− どんどん絵が上達していますね。

   今日も癒しをありがとう。

   目の疲れには、蒸気のアイマスクが

   良いみたいです。

   無理はなさらず、次も楽しみにしています。 −

 

 

 

いつも温かくて、優しい言葉を私にくれる。

 

ネットだろうとなんだろうと関係ない。

私に向けられたまっすぐな言葉は、

ちゃんとここまで届いてる。

 

 

 

 

 

そんなやりとりを

繰り返しているうちに、

思ってはいけない想いが募っていく。

 

 

 

 

 

 

それから少し経って、

突然あの人の更新は止まってしまった。

同時に、私へのメッセージも

送られることはなくなった。

 

夜も更けた頃、イラストを描き終えて

部屋でひとり、携帯を見つめる。

 

 

 

「会いたいなぁ…」

 

 

ネットで知り合った人と

会うことなんて、

今まで一度も考えたことはなかった。

 

でも、あの人の写真、

あの人の言葉から伝わるものは

あまりに綺麗すぎて。

 

そっと、メッセージを打ちこむ。

 

 

 

 

- 良かったら、お会いできませんか?|

 

 

 

 

 

- 良かったら、お会いできま|

 

 

 

 

 

- 良かっ|

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふっと我に返り、打ちこんだ文字を

急いで消去する。

 

 

「なななにをしてるんだ、私は」

 

 

文字は消えても、

この想いは消えてくれない。

 

 

どこかで偶然、会えたりしないものか。

いや、街ですれ違ったとしても、

お互いの顔は分からない。

 

 

毎日感じていた温もりがなくなって、

ただただ寂しく、携帯を見つめることしか

出来なかった。

 

 

 

 

 

 

あの人の更新が止まってから

2週間が経った。

 

 

家の近くの海を眺めながら、

あの人が撮っていた写真を思い出す。

 

 

「綺麗だったなぁ…」

 

 

似ている景色を見るたびに、

つい思い出してしまう。

 

 

 

すると、携帯に1件の通知が来た。

 

 

− お久しぶりです。

   メッセージ送れなくてごめんなさい。

   突然の決定だったもので、

   準備に追われていました。

   このたび、個展を開催させて

   もらえることになりました。

   もし良かったら…来てもらえませんか ?

   ぜひ、見てほしいんです。 −

 

 

「ウソ…」

 

 

思わず飛び上がって、危なく

携帯を落としそうになった。

 

 

 

「返事…返事しなくちゃ!」

 

 

 

− お久しぶりです!

   ぜひ!ぜひ行きます(*'▽'*)

   素敵なお写真がたくさん見れるの

   楽しみにしてます!

   

   あと…会えるのも楽しみです。 −

 

 

開催場所の確認もしていないのに、

誤字がないか、

文章がおかしくないか、

それだけを何度も何度も読み返して、

全力で送信ボタンを押した。

 

 

 

会える、あの人に会える。

 

あぁ、どうしよう

伝えたいことがたくさんある。

 

 

 

会ったらまず

ありがとうを言って、

 

 

あなたの写真が

大好きだと伝えよう。

 

 

 

そしたらあの人は、

なんて言ってくれるだろう。

 

 

 

 

「ちゃんと…笑って言えるかな」

 

 

 

 

ふと、空を見上げた。

 

 

どれほど離れているのか

分からなかったあの人が、

少し近くに感じた。

 

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写真提供 [Twitter ‪@yuncamera_25 ]

 

 

 

 

 

「迷った先にも出口あり」

 

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うまくいかないことが重なったとき。

 

 

ピンチ。究極のピンチ。

後ろには炎、目の前は崖。

さぁ、どうする。

 

 

 

「ピンチはチャンス」

 

 

言い出した人すごいよ、尊敬だよ。

前向きどころか上向いちゃってるよ。

これのどこがチャンスなんだ。

ピンチはピンチだ。

俺は、全くそんな風には考えられない。

 

 

 

 

追い込まれたらとことん縮こまる。

部屋の隅で体育座り

...まではいかないけど、

燃え尽きそうなろうそくみたいに、

どんどん小さくなってく。

 

いっそのこと、誰かこの炎を

吹き消してほしいくらいだ。

 

一人じゃダメな人間は、

人に頼ることしかできない。

 

 

携帯画面を見つめ、電話をかけた。 

 

 

「もしもし、翔くんどうしたの?」

 

 

「いや、ごめん。

ちょっと千春と話したい気分でさ」

 

 

「お、なんかあった時に

話してくれるのが私ってのは嬉しいね!

いつものカフェに行けばいい?」

 

「ありがとう、待ってる」

 

 

”カフェ”と呼ばれるお店が

こんなにも増えたのは、

それだけ話をしたい人たちが

たくさんいるからなのか。

 

一杯の飲み物を買って、

ホッと落ち着けるこの空間を、

みんなが欲しているからなのか。

 

無くなってほしくない。

自分にとっても必要な場所。

 

せかせかと足早な毎日から

そっと抜け出せる、隠れ家のような場所。

 

 

 

「ピンチはチャンスって言うけどさ、

まっっったく意味がわからなくて

 

 

「うーん、なるほどね…

 

 

「まぁ、意味が知りたいんじゃなくて、

乗り越えたいんだ、今の状況を。

だけど、色々考え込んじゃって…」

 

 

「うん、でもやっぱり

ピンチはチャンスなんじゃないかな?」

  

 

「千春なら、そう言うと思ったよ。

ずばり、その心は?」

 

 

「ピンチは、やらなきゃいけない

じゃなくて、もうやるしかなくなる。

いつの間にか現状に満足して、

それ以上の成長を止めちゃってる

自分がいたとしたら、

追い込まれたときこそチャンスだよ」

 

 

「でもピンチって、

簡単に乗り越えられないから

ピンチなんだよな」

 

 

「ピンチだから、もうどうしようも

できないから、こんな苦しい思いを

するくらいなら辞めちゃおう

って思うなら、そこまでなんだよ、きっと。

ここで自分が試されてる。

そういう意味で、成長のチャンスだと思うんだ」

 

 

「こっから大逆転...

なんかできっかな」

 

 

「できるよ、こっからだよ。

簡単に投げ出せるようなことじゃ

ないんでしょ?

だから今まで頑張ってきたんだしょ?

大丈夫。必ずひっくり返せるよ」

 

 

 

怖いことなんか何もない。

どうしたらいいか…なんて悩むヒマもない。

 

 

 

 

やるしかないから、強くなれる。

 

 

 

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「受け継がれていくもの」

 

 

人の記憶はもろくて、昔の記憶は

新しいものに、どんどん上書きされていく。

あのとき感じたことも、見た風景も、

歳を重ねるごとに曖昧になっていく。

 

引き出しの奥の方にしまわれた記憶は、

なかなか取り出すことができない。

でも、写真という存在が

僕たちの一瞬、一瞬を思い出させてくれる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ほーら!勇太!走ったら危ないでしょ!」

 

「ねえ!あれのりたい!上までいって、

下までビューンっておちるやつ!」

 

 

「お、勇太!怖くないのか!

お父さんと一緒に乗るか?」

 

「のーる!のーる!」

 

 

日曜日の遊園地は、

家族連れでいっぱい。

今まで見たこともないような景色が

目の前に広がっていて、初めての遊園地に

ワクワクが止まらなかった。

 

風船を配っている着ぐるみの動物。

ぐるぐる回ったり、水がかかったりする、

色んな乗り物。

まるで絵本の中の世界みたい。

 

「勇太、楽しそうだったねー!

どうだった?怖くなかった?」

 

「ぜんっぜんこわくなかった!

ママもいっしょにのろーよー」

 

「ほら…パパが、もっかい乗りたいって

言ってる!パパと行ってらっしゃい!」 

 

「おい、あれ…なかなかすごいぞ…。

ちょっと…気持ち悪いんだけど」

 

「パパ、いこいこ!はーやーくー!」

 

「お、おう!行くかー!」

 

 

結局、そのあとも連続で乗って計3回。

父の顔色は真っ青。

 

 

「つぎ!あれがいいー!

たかいたかいところまでいくやつ!」

 

「勇太、あれは観覧車って言うの。

ママも一緒、みんなで乗ろうね」

 

 

頂上に向かってゆっくりと進む。

人なんて米粒みたく小さく見える。

見える景色はどんどん広がって、

遠い遠い先まで見渡せる。

 

 

「おうちどこー?あっちー?」

 

 

「さすがにおうちまでは見えないなー。

でも、あっちの方だよ。あの辺かな!」

 

 

「わぁー…」

 

 

観覧車から見た夕陽は、

絵に描いたような綺麗さだった。

 

 

「ゆうえんち、またこよーね!

ぜーったい、またこよーね!」

 

「勇太はパパよりも男らしかったもんな!

そうだな、また来ような!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

そういえば大学生の頃、彼女とのデートでも

この遊園地に行ったんだっけか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうっ!だからお化け屋敷は

嫌だって言ったのに!」

 

 

「ウソつけ!途中まで

ノリノリだったじゃねーか!」

 

 

「ちがうよ!だって勇太くんが

ぜんっぜん怖くないから大丈夫って!」

 

 

「悪かった悪かった!

もう出たんだから、いい加減泣きやめって」

 

 

 

 

 

 

 

「クレープ食べたい…」

 

 

「え、なに?」

 

 

「クレープ食べたら元気出る」

 

 

「わーかったよ!

買ってくりゃあいいのな!」

 

 

「はーい!急いでねー!」

 

 

「ったく…子どもじゃねーんだから」

 

 

クレープ屋さんの近くで、

着ぐるみの動物が、子どもたちに

風船を配っている。

 

自分が子どもの頃は、あんなに大きく見えたのに。

今では、ほとんど背が変わらなかった。

 

 

「俺、でっかくなってんだな…

ってやっべ!急いで戻んなきゃ!」

 

 

”クレープ食べたら元気出る”

という現象は本当に起きて、

彼女は満足そうな顔をしながら

ほうばっている。

 

 

 

「もう夕方か…それ食べ終わって、

観覧車乗ったら帰るかー」

 

 

「早いね!もう薄暗くなってきた。

うん、そうしよー!」

 

 

観覧車から見る夕陽は、

子どもの頃に見たのと同じ

綺麗なオレンジ色で。

どこに実家があるかを

探してみたりして。

 

 

 

カップルで観覧車に乗ったら…

 

 

やっぱり頂上でキスとか

するものなのか。

 

ちょっぴり緊張して

彼女の顔を見たら、

 

 

「あ、そういうロマンチックさは別に

いらないでーす。それよりも、

美味しい夜ご飯が食べたいでーす」

 

 

考えは全て見透かされていた。

 

 

あまりに秒速だったツッコミに、

思わず2人で笑ってしまった。

 

そんな2人だけの空気感が、

お互い心地良かったんだと思う。

 

 

 

その彼女が、

今では僕の奥さん。

 

 

生まれた子どもが少し大きくなって、

今日は家族3人で遊園地。

 

 

 

「パパ!じぇっとこーすたー!

もっかい、もっかい!」

 

 

「ふぇー、もっかい行くのかー。

次で5回目だぞ…ほら、ママ!

選手交代、頼むよ!」

 

 

「ゆーすけは、パパが良いんだって!

はい、選手交代は認められません!」

 

「みとめられませんっ!」

 

ゆーすけもママの真似をして、

手で大きなバツを作っている。

 

 

「その笑顔にはかなわん!

よし、ゆーすけ!もっかい行くぞ!」

 

 

 

 

未来へのバトンは、次へ次へと渡され、

こうして受け継がれていく。

 

 

日も暮れてきて、いっぱい遊んだゆーすけは

ママそっくりの満足そうな顔をしてる。

 

 

ゆーすけを真ん中に、

両手をパパとママとで繋いで歩いた。

 

 

子どもの頃の記憶…

ゆーすけが大人になっても

思い出せるように、

いっぱい写真撮ってやらなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

「また来るよ」

 

   

 

 

 

 

 

夕陽で照らされた観覧車に、

別れと約束を交わした。

 

 

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写真提供 [Twitter @azupon_pon]

 

 

 

「飛び立つ、この道から」

 

 

 

「おーい、もうみんな書いたかー?

書けたら前に回せよー」

 

 

卒業後の進路調査。

正直、進路のことはそんなに深く考えていなかった。

高校生活はあっという間で、気がつけば

大きな分かれ道に立たされていた。

 

 

お昼休み。食堂ではいつものメンバーで

女子会が開かれている。

 

 

 

「この先の人生を決める進路だー、とか言われても、

やりたいことなんて分かんないよー」

 

「そうそう。とりあえずは大学進学かなー

この学校、そこそこ新学校だから待遇良いし」

 

「曜子は?進路どうするの?」

 

「私は…市役所で働こうかと…」

 

「え、公務員!?大学行かないの?」

 

「うん。やりたいこととか特にないし、

ただ流れで大学に行くくらいなら、

お父さんとお母さんのためにも

自分で働こうかなーって」

 

「でも、それでどうして公務員なの?

だって試験とかあるんだよ?」

 

「そんなに勉強は得意な方じゃないけど…

どうせなら、一発頑張ってみたくて」

 

「まー、曜子は一回決めたら

周りが何を言おうと曲げないからね」

 

「試験って9月じゃない?

もうあと1年もないよね?」

 

「そうだね…

でも私、決めたから!

やるよ、頑張るよ!」

 

 

 

 

親には特に相談せず、この進路に決めた。

私が自分で決めたんだ。頑張るって、決めたんだ。

 

その日の帰りに、片っ端から参考書を買い込んだ。

公務員の試験は、学校では習わない特殊な

問題が出るそうだ。

普段からそこまで成績が良い訳じゃない私は、

とにかく多くの知識を詰め込むしかない。

 

朝は早く起きて、学校に行く前に勉強。

昼間は学校で、授業中も合間を縫って参考書を進める。

家に帰ったらお店の手伝い。

ウチは、小さな商店街の漬け物屋。

昔からずっと続いているこのお店は、

お父さんとお母さんの2人でやっていて

いつも忙しそうにしている。

だから私も、夕食前の一番忙しい時間帯は

お店に出て手伝うのが日課。

そして、夜からまた勉強。

 

 

 

 

この毎日の繰り返しでどんどん時は進み、

もうすぐ梅雨入り。

 

そして、試験前の大事な模試が控えていた。 

 

 

「ここは大事な力試しだ。

大丈夫、きっと大丈夫」

 

 

ペンを持つ手が震える。

何度も何度も、自分に言い聞かせる。 

深呼吸をして、必死に落ち着こうとした。

 

「それでは、始めてください」

 

試験管の合図で、一斉に教室中に鳴り響く

問題用紙をめくる音。

 

蓄えてきた知識を頼りに、

時間が許す限りペンを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

結果は…

 

 

 

惨敗。

 

 

目標点まではまだまだ遠い

結果に終わった。

 

 

次の日の学校は、

仮病を使って休んでしまった。

 

部屋のベッドから天井を眺めていると、

あの日のことが蘇ってくる。

完全に周りの空気に飲まれてしまった。

 

辺りは、すっかり暗くなり始めている。

 

 

「もう、こんな時間…」

 

あんなに毎日共にしていた参考書は、

なかなか手に取れないでいた。

 

少しでも気分を紛らわすために外に出た。

いつも自転車で通っている道を、

ただただ、何も考えず歩いていた。

 

買った参考書でカゴの中がパンパンになって、

重い自転車を必死にこいでいた数ヶ月前が

懐かしく感じる。

 

 

今は何も持っていないのに、

足はなかなか前に進んでくれない。

 

 

「あ、いた!おーい!曜子ー!」

 

聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

 

「模試の結果が悪かったんだって?

先生から聞いたよ?」

 

「まーったく、だからって学校休むこと

ないでしょーよ」

 

いつも私のそばにいる友達たちが、

私を心配して来てくれた。

 

「ごめん…」

 

「曜子が謝ること何もないでしょ。

ウチらは知ってんだから、曜子が今まで

どれだけ頑張ってきたかって」

 

頑張った、頑張った。

でも、頑張ったから認められる賞なんか

試験にはない。

 

「それでも、結果は全然ダメだったんだよ」

 

「じゃあどうするの?もう辞めちゃうの?」

 

「辞めたくない!でも、怖いんだよ。

うまくいかなかったらどうしようって考えたら、

模試のときのことばっかり思い出して…」

 

 

「負けちゃいけないのは、自分にだよ。

試験でも、他の受験してる人でもなくて、

自分に負けちゃダメだよ!

曜子を一番支えてあげられるのは、

自分自身なんだから」

 

 

「うん…うん」

 

「大丈夫、曜子なら大丈夫。

自分の弱さに気づけたんだから、

もう模試のときのようにはならないよ。

だから、後ろを振り返るのはもう終わり!

前だけ見て走りな!

それが曜子の持ち味でしょ?」

 

 

「うん、うん!」

 

 

友達と別れて、商店街に帰ってくると、

いつもお店に来てくれる

近所のお兄さんがいた。

 

 

「曜子ちゃん、こんばんは」

 

「あれ、翔ちゃん!いらっしゃい!

珍しいね、こんな時間に」

 

「いや、曜子ちゃん

試験勉強、頑張ってるって聞いて」

 

「え、どうして知ってるの?」

 

「あ、あぁ…風のウワサで…ね!

頑張ってな!曜子ちゃんなら

絶対大丈夫だ!後悔しないように

準備、しっかりな」

 

 

「翔ちゃん…ありがとう」

 

 

家に帰ると、お母さんが待っていた。

 

「曜子、なーに暗い顔してんのよ!

あんたなら大丈夫よ。

負けん気と明るさが

我が家の取り柄なんだから。

思い切ってやりなさい!」

 

模試の結果を伝えていないのに。

親は、子供のことなら

なんでもお見通しだ。

 

色んな人からの応援は、

プレッシャーなんかじゃない。

そんなことよりも、

自分ひとりで孤独との闘いの方が

よっぽどツラい。

 

全ての声を、期待を、想いを、

私の原動力に変えるんだ。
 

 

あたたかい言葉をかけてくれる人が

こんなにいると、

ネガティブなんて抱えるヒマもなくなる。

 

 

「絶対…リベンジしてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

試験当日の朝。

 

 

 

 

 

やれることは全部やった、やり切った。

準備は万端。

手に持ったお守りを

ギュッと力強く握りしめる。

 

 

 

「よし、どっからでもかかってこい!」

 

キレイな青空と心地よい風は、

私を後押ししてくれてるみたいだ。

 

 

 

試験会場へ向かう。

自転車をこぐスピードは、どんどん上がっていく。

もっと早く、もっと早く。

 

「飛べる、私なら絶対にやれる」

 

 

ここで終わりなんかじゃない。

ここから始まるんだ。

私の道は続いて行く。

どこまでも、どこまでも。

 

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写真提供 [Twitter ‪@rari_shame‬ ]

 

 

 

「止まらぬ針に想いをのせて」

 

 

 

 

 

 

「い、いらっしゃいませー!

2名様ですね!ご案内致します!」

 

 

休日の夕方。

店内は、カップルや若者で賑わっている。

 

「あれ、大澤さん。今日なんか良い事あった?

いつにも増して気合いが入っているような…」

 

「な、何にもありません!」

 

何にもないどころか、

私にとっての一大イベントだ。

大学で同じ福祉サークルの崎村先輩が、

一緒に映画を観ようと誘ってくれた。

ドジで引っ込み思案のこんな私を。

 

人と明るく話せるようになりたくて、

このカフェでバイトを始めた。

もうすぐ1年になる。

ドジは相変わらずだけど、

少しずつ変われてる実感はある。

 

19時に都内で集合して、

映画を観に行く約束。

 

腕につけている時計を見る。

待ち遠しくて、

時間の流れがじれったく感じる。

 

「もう少し、あと少しだ」


楽しみなことが待ち構えていると、

不思議といつも以上に頑張れる。

 

 

バイトが終わり、ものすごい勢いで

家へと駆けこんだ。

 

「急がなきゃ」

 

今日は普段とは違う、

少し背伸びをした自分。

 

この正月に思い切って

洋服とアクセサリー、

時計までも買ってしまった。

バイトを頑張ってきた甲斐があった。

 

年明けの「あけましておめでとう」と

一緒に来た突然のお誘い。

ずっと仲良くさせてもらってた

先輩ではあったけど、

まさか個人的に誘われるなんて

思ってもみなかった。

 

カレンダーについた赤い丸。

連絡が来てからというもの、

毎日のようにこの日を待ちわびていた。


 

 


大学は、東京から少し離れた

田舎の方にある。

選んだ理由は…家から近かったから。

バイト先も同じ理由で探した。

 

だから、正直都内は行き慣れていない。

何度か友達と行ったことがある程度。

 

「えーっと…この駅…かな?」

 

乗り換えも、スマホで調べながら

なんとかクリア。

 

「つ、着いたー」

 

さすがは休日の夜。

駅前にはものすごい数の人。

友達と一緒だとなんてことない景色も、

1人になるとまるで別世界に見える。

 

急に不安な気持ちになって

時計を確認すると、

待ち合わせの時間までは

あと10分あった。

 

「あれ、場所ってどこだろう」

 

時間は決めていたが、

場所はまだ決めていなかった。

崎村先輩は、都内で用を済ませてから

合流する予定になっている。

 

「連絡…してみようかな。

もう出るかな」

 

少し緊張しながら、

「崎村先輩」と書かれた

携帯の連絡先を見つめる。

 

 

「あっ」

 

 

急に人がぶつかってきて、

手から携帯がすり落ちていく。

 

 

 

” ガシャン ”

 

 

 

鈍い音と共に、地面に叩きつけられた。

 

 

「え、ウソ…」

 

画面はバキバキになり、どこを押しても

反応しない。

 

「イヤだ、イヤだよ」

 

何度押しても、画面は真っ暗なまま。

頭は一気に真っ白になった。

 

 

連絡が取れない。

スマホがないと、

人に会うこともできない。

 

どうすることもできず、

駅にいれば会えるかもしれない

というわずかな期待を胸に、

しばらく待った。

 

 

しかし、一向に現れない。

現れる訳がない。

ここにいるという保証もない。

もし居たとしても、

この人混みの中から見つけ出すことは

簡単じゃない。

 

 

いまの状況を伝えることすらも出来ず、

ジッとしてることも出来ず、

ただ闇雲に探し回った。

 

 

 

 

時計を見ると、待ち合わせの時間から

2時間が経とうとしていた。

数時間前に時計を見たときのワクワクを

思い出したら、今にも泣き出しそうだ。

 

密かに調べていた映画の時間は

もうとっくに過ぎていて、

今日の上映は全て終わってしまった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 



家の最寄り駅に着いた頃にはもう、

23時を回っていた。

あんなに空いていたお腹も、

今は何も食べる気分にならない。

 

「嫌われちゃったよ…」

 

約束をバックレた私は、最低な人間だ。

 

 

 

 


「大澤!!」

 

 

 

目の前に、息を切らした崎村先輩がいる。

 

 

 

「え、崎村先輩…!

あの、その…」

 

 

先輩の顔を見た途端、

我慢していた涙が一気に溢れ出した。

 

 

「急に連絡が返ってこなくなったから

心配したんだぞ。

なんかあったんじゃねーかと思って」

 

 

「違うんです、違うんです。

携帯を落としてしまって…」

 

 


「なんだ、そうだったのか。

あーあーこんなバキバキになっちゃって。

いやー、でも良かった良かった。

都内で駅の周り走りまくって

探したんだけどな、

出口が多過ぎて多過ぎて。

で、大澤の友達に最寄り駅聞いて、

絶対ここには帰ってくるだろうと思ってな」

 

 

一生懸命私を探してくれた

崎村先輩が目に浮かぶ。

 

こんな時間まで、連絡が無くても

ずっと…。

 

「いや、家も聞いたんだけどさ、

実家なんだろ?さーすがに親御さんに

会う勇気はなくってな」

 


「ごめんなさい…本当にごめんなさい!」

 


「おいおい、そんな泣くなって!
にしても、ほんっと俺たちはスマホがないと
生きていけねーんだな。参った参った」

 

 


何も言葉を返せず、ただただ涙を抑えるので
必死だった。

 


「また今度行こうな、映画。

ちゃーんと携帯、修理出せよ!
今度は2台持ってた方がいーかもな」

 

 

涙でボヤけて見える優しい笑顔に、
何度も頷いた。大きく、何度も。

 

 

 

 

 

 


家に帰り、

カレンダーに赤い丸を書いた。

 

 

過ぎた今日は取り戻せない。

どころか、時間は止まってもくれない。

 

またやってくる明日も、明後日も、

私を彩ってくれる人が居たら。

 

 

きっとそれだけで、

この時間を愛おしく思える。

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写真提供 [Twitter ‪@yuncamera_25 ‬]

 

 

「いくつになっても」

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長く降り続いていた雨も止んで、

雲ひとつない真っ青な空が広がっている。

 

家のベランダから空を見上げながら、

ちょうど2年前の今日の日のことを

思い出していた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぁー、ねむ…」

 

 

 

「はっはっはっ!翔、なんだよその髪型!

売れないホストかよ!」

 

 

「るせぇな!30分もセットに時間にかけたのに、

風でやられちまったんだよ!

直樹こそ、スーツ全然似合ってねーじゃねぇか!」

 

 

お互いの家の近くのコンビニで待ち合わせ。

慣れないスーツ姿の2人が、景色になじめず

浮いて見える。

 

「あれ、亮は?」

 

「恒例のやつだろ。

連絡来ないからたぶん寝てる」

 

「まったく、あいつはこんな日でも

寝坊かよ」

 

「たしかあいつ、修学旅行んときも

寝坊したもんな」

 

「そうそう。ちょっと経てばどーせ、

わりぃ〜やらかした〜

とか言ってひょっこり現れんだろ」

 

 

「間違いねぇ。

うし!俺らだけで乾杯していくか!」

 

 

「いいね、賛成」

 

コンビニで2本、ビンのお酒を購入。

それぞれ持ったビンを、空高く持ち上げる。

 

 

「じゃあ…俺たちの」

 

「成人祝いに…」

 

 

『かんぱーーーーいっ!』

 

 

ビンとビンがぶつかる

心地良い音が響き渡る。

 

 

成人式の会場は、スーツ、袴、振袖姿の若者で

溢れかえっていた。

 

 

「うわー、スゲー人…」

 

「完全に出遅れた感が満載だな」

 

 

振袖姿の女子は、大人の仲間入りを

宣言しているかのように、とても綺麗に映った。

 

 

 

「翔くん!私だよ!久しぶり〜!
元気してた?」

 

 

「お、おう!久しぶり!
元気元気!」

 

 

誰だー。

わからない、思い出せない。

女子は化粧のせいもあるけど、

大人っぽくなりすぎて、

学生服を着てたときとは随分違う。

 

 

 

それに比べて野郎どもは…

集団になると、ここぞとばかりに

騒ぎ散らかしている。

 

まだまだ子供っぽさは抜けてないな。

もちろん、自分も含めて。

二十歳になったら勝手に大人になるのかと

思ってたけど、そんなこともなかった。

 

どうやったら、大人になれるんだろうか。

 

 

 

「翔〜、直樹〜

わりぃ〜、やらかした〜」

 

 

「亮、おっせーよ」

 

当時の学級委員だった男子が、

ここでもみんなをまとめている。

 

 

「それじゃあ!記念写真を撮りまーす!

1組の人、こっちに集まってくださーい!」

 

 

 

「あっぶねー、写真に間に合って良かったー」

 

「その寝癖だらけの頭でよく来れたな」

 

「ま、これも思い出っしょ!」

 

 

「じゃあいきますよー!

はーい、チーズ!」

 

 

” パシャッ ”

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「亮の寝癖、ほんとにすげーな」

 

みんが浮かべている満面の笑みつられて、

思わず笑いがこみ上げてくる。

 

写真を眺めていると、
今でもあの日の声が聞こえてくるみたいだ。

 

「あれ、なんだこれ」

 

 

写真と一緒に大事にとってあったのは、

母親からの手紙だった。

おそるおそる封をあけてみる。

 

 

 

 

翔へ。

 

この間、あなたが生まれた頃の

アルバムを引っ張り出して、

久々に見てたんだ。

 

親として、子供を無事

二十歳まで育てられたことに

ホッとしてるよ。

 

アルバムの中で笑ってる翔を見たら、

思わず涙が止まらなくなったよ。

もう号泣だよっ!なんでかわからないけど、

涙が止まらないんだよ。

 

 

生まれたときに、看護婦さんに

「男の子ですよ」って言われて、

抱かれてる翔を見たら、

ほんとに私のお腹の中に人間が

入ってたんだ、すごいなって

思ってたんだけど、

それが大きくなって今の翔だよ。

よくまぁ、こんなに大きくなったよね。

 

翔は周りを見て、もっと違う親だったら…

って思うこともあっただろうけど、

お母さんは、翔がお母さんの子供として

生まれてきて、本当に良かったと思ってる。

 

どれだけ大きくなっても、

大人になっても、翔はいつまでも

お母さんにとっては子供だよ。

 

自分の信じた道を突き進んで、

精一杯頑張ってね。

 

ずっと、ずっと

応援してるからね。

 

 

 

 

 

 

 

ぬぐっても、ぬぐっても

こみ上げてくる涙で、前が見えなかった。

 

親の期待に応える、とは少し違う。

今まで育ててくれた親への感謝と、

想いに恥じないよう、

人生を楽しみ尽くすことが恩返し。

 

 

自分を育ててくれた親の強さ。

それ以上に、強く生きていかなくちゃいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言葉は誰のもの」

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寒い。。。

 

 

毎年のように言っている。

絶対に今年が一番寒いと思う。

 

 

日も暮れてきて、

あたりはオレンジ色に照らされている。

 

近所にある公園。

小さい頃から野球をしたり、鬼ごっこをしたり

たくさんお世話になった公園。

 

たくさんあった遊具も、

今は古びたブランコが一つあるだけに

なってしまった。

 

 

そもそも、人通りのほとんどない

こんなところに、公園がポツンと

立っていることの不思議さには

最近になって気づいたくらい。

 

珍しく子供達が遊んでいたみたいだ。

時間になったら鳴り出すチャイムを合図に、

帰る支度をしてる。

 

「カラスが鳴いたら帰りましょー!」

 

「腹減ったぁー!今日ご飯なんだろなー!」

 

 

聞こえてくるそんな声たちが懐かしい。

遊び疲れてヘトヘトになったときは、

今夜の晩ご飯を楽しみにしたもんだ。

 

 

「また明日なー!」

 

「おー!またなー!」

 

 

子供達がいなくなると、

あたりはビックリするくらい静かになった。

 

 

時折吹く冷たい北風が、

ビュービューと音をたてる。

 

「さむっ」

 

 

すると、遠くから

誰かに呼ばれてる気がした。

 

 

「おーい、翔!なにしてんだー

こんなとこでー」

 

 

幼馴染の直樹だった。

直樹とは小学生からの仲で、

気づけば10年以上の付き合い。

 

直樹とも、

よくこの公園で遊んだもんだ。

 

 

「はぁー!さむっ!

なんなんだよホント。

これでまだ1月って信じたくないわー」

 

「そのわりに元気そうに見えるのは

気のせいかい?」

 

「テンション上げてかなきゃ

やってけねーだろ!

あー、絶対に今年が一番寒いっ!」

 

思わず吹き出してしまった。

おんなじこと言ってやがる。

やっぱ似た者同士なんだな。

 

「なーに笑ってんだよ!

翔、最近どうよ?元気でやってる?」

 

 

「この間亮も一緒に3人で年越して、

初詣も一緒に行ったろうが」

 

「あれ、そんな最近だったっけ」

 

「まだ年明けから1週間しか

経ってねーんだぞ」

 

 

「でももう1週間かー、はえーなー。

今年もボーッとしてたら

あっちゅう間に終わんだろーなー」

 

「そうかもな。今日は?仕事終わりか?」

 

「あぁ、今帰ってきたとこ。

久々にこの公園来たくなってさ、

ふらーっと寄ったら

まさかの翔がいての今よ」

 

「なんかここって妙に落ち着くからな」

 

「俺らさ、昔はあんなにバカみたいに

毎日一緒に居たのにな、もう1年で何回かくらいしか

会えてねーもんな」

 

直樹はバカだし、テンションもバカだし、

頭も実際にバカだけど、

昔から仲間思いで、ふいに

アツイ言葉を放ってくる。

 

 

「まぁ、そうだな。

そりゃ社会出たり仕事があったり

なんだりかんだりあれば、

いつまでもって訳にはいかないな。

でも、こうやって近所にいるんだし、

いつでも会えんだろ」

 

 

「いつでも会えるー、とか言って

翔はいっつも忙しそうにしてっから

なかなか会えねーんだろうが!」

 

「わりぃ、わりぃ」

 

 

 

「俺さ、春からこの街出るんだ」

 

 

時が、止まった気がした。

思いもよらない言葉に、

頭の理解がついていかない。

 

 

「え、なんで?おいおい、

突然すぎんだろ」

 

 

「いや、ちゃんと話そうと

思ってたよ。

だから近々飲みにでも行こーぜ!

そんとき話す!

翔が最近仲良くしてる

春ちゃん…だっけか。

歌歌ってる子!

その子の話も聞かせろよな!」

 

 

「お、おう…」

 

 

「そんじゃ、俺もう行くからよ。

連絡すっから!絶対返せよ!

まったく、翔は連絡しても

見て見ぬフリが得意だからな」

 

突然すぎて、なにがなんだかわからない。

今、すぐにでも理由を全部聞き出したかった。

ずっと当たり前にいると思っていたヤツが

いなくなるという事実に、

胸がぎゅーっと締め付けられた。

 

「そんじゃ、またな!翔!」

 

 

「おう、じゃあな」

 

 

 

「ちげーだろ、じゃあなは

なんか味気ねーだろ」

 

 

「どーゆうこと?」

 

 

「また会えんだから。

またな、だろ?

そしたら俺は、そんときまで

また頑張れる気がすんだ」
 

 

「ほんっと直樹は変なバカだよ…。

俺も頑張るよ!またな!」

 

「なんだそれ!変なバカってそれ

褒められてんのか?」

 

 

「うるせぇうるせぇ!

またな!!」

 

 

「おう、またな!」

 

 

 

 

 

言葉は深い。

 

日本語には、同じ意味でも

言い方を変えるだけで

伝わり方が変わるものがある。

 

 

 

 

 

 言葉はいつも相手のためにある。