365日のストーリー

忘れたくないあの1ページ

「未来へ送る手紙 ④」

 

 

 

 

 

この日のために準備してきた。

 

 

 

この日の為に頑張ってきた。

 

 

 

そんな1日の始まりは、

普段とはまるで違うように感じる。

 

 

 

同じ朝、同じ時間が

流れているはずなのに、

人生の中の大事な1ページに

刻まれるような感覚で、

ジッとなんてしていられない。

 

 

毎日がこんな気持ちになれたら、

1年なんてあっという間に

終わるどころか、

人生ごと一瞬で終わってしまう。

 

 

ツラい日もあって、苦しい日もあって、

嫌になるような日もあるからこそ

生きてる実感が湧けるのかもしれない。

 

 

 

 

「千春、おはよ。

よく寝れたか?」

 

 

「うーん、まぁボチボチ?」

 

 

「あー、こりゃ寝れなかったパターンか」

 

 

「べ、別に大丈夫だよっ」

 

 

「喉の調子はどうだ?」

 

 

「絶好調!」

 

 

「それだけ聞ければ安心だ。

ま、思いっきりやってきな」

 

 

ライブハウスの控え室。

前回の場所とは違うけど、

会場の広さはほとんど変わらない。

 

 

記憶が巡る。

嫌な想像ばかりしてしまう。

 

 

一度目の当たりにしてしまった風景は、

トラウマという名で記憶に刻まれる。

 

少しでも落ち着こうと

ギターをかき鳴らすけれど、

手も声も震えている。

 

 

「翔くん、私…」

 

 

「おっと、弱音はナシだぞ」

 

 

「でも、怖いよ…」

 

 

「緊張するな!不安を捨てろ!

なーんて言ったって、そんなのは無理だからな。

今まで頑張ってきて、

結果を期待したいからこそ緊張するんだ。

緊張をとことん楽しんでやれ」

 

 

 

「緊張を楽しむって、どうやって?」

 

 

 

「今日の夜、自分のベッドに寝転がって、

いつもの天井を見てる姿を想像してみ?

どんだけ楽しくたって、どんだけ嫌だって、

1日は終わるようになってんだ。

どうせこの時間だって、終わっちゃえば

ぜーんぶ思い出話」

 

 

 

「そっか…確かに今までのことは

もう全部過去になっちゃってるんだ」

 

 

 

「そ!だから、思い切ってやってこい!」

 

 

「翔くん、最後の一言がちょっと弱い。

惜しいなぁ、キメきれなかったね」

 

 

「はあ?」

 

 

「冗談冗談!元気出たよ、ありがとう!

翔くんも、楽しみにしててよね!」

 

 

 

「まったく…そんな余裕があんなら大丈夫だ。

もうそろそろ時間か。

楽しみにしてる」

 

 

 

お互いの拳をコツンとぶつけ合って、

最後にガンバレと言ってくれた。

 

 

 

私が大好きな笑顔。

この笑顔が、これからも私に向いててほしい。

 

私が歌う理由、それは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場の照明が暗くなる。

ステージに光が射した。

 

何度も何度も深呼吸をして、

翔くんからの言葉を思い出す。

 

 

「うん、大丈夫だ」

 

 

もう震えは止まっていた。

みんなが待つ場所へ。

 

 

 

 

大歓声とたくさんの拍手に

迎えられた。

 

 

 

 

あ、れ…。

 

 

 

ステージから見える顔は、

すぐに数えられる人数では無かった。

 

 

みんなの顔は、ライブが始まるのを

今か今かと待ちわびている。

 

 

私はずいぶん前から

この今日という日を待っていた。

 

みんなも同じだった。

今日を楽しみに、これだけの人が

集まってくれた。

 

 

溢れそうになる涙をグッとこらえて、

できる限り大きな声を出した。

 

 

「みなさーん!こんばんはー!

今日は私と一緒に楽しい時間を

過ごしましょー!」

 

 

歌っている。いま、私は

こんなに多くの人たちの前で。

 

 

 

私も昔に何度もアーティストさんの

ライブに足を運んだことがある。

 

そのときに言っていたお決まりのセリフは

本当にその通りで、

楽しい時間というのはあっという間に過ぎた。

 

 

 

 

すべての曲を歌い終えて

控え室に戻ると、

いくつも重なった声が

胸の奥まで届いてきた。

 

 

 

 

「アンコール!

アンコール!」

 

 

 

実はまだ、翔くんにも

聴かせたことのない曲が1曲だけある。

 

 

もしもアンコールをもらえたら、

この曲をやろうと決めていた。

 

 

 

 

歓声に応えてステージに上がる。

 

 

 

「皆さん!

アンコールありがとうございます!」

 

 

大事に、大事に温めてきた想いを。

 

 

「次で、本当に最後の曲になります。

この曲は、私の想いを未来の私へ

繋げるためにつくりました。

大事な自分へ、そして

いつも応援してくれる大事な人へ向けて

一生懸命歌います。聴いてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い返すと、あの出会いが

私を大きく変えた。

 

 

そばにいてくれる人の存在を

こんなにも強く感じたのは初めてだった。

 

 

 

自分を支えられるのは自分だけ。

 

そう思ってずっとやってきた。

 

 

 

その悔し涙も、つらかった想いも

すべてを一緒に背負ってくれる

大事な人へ。

 

私が歌うのは、有名になりたいからでも

目立ちたいからでもない。

 

 

 

多くの人に、大事な人に、

笑っててほしいから。

 

 

 

これは、未来の私へ送る手紙。

 

 

 

まだ終わらない、

これからも続いていく

私だけの物語。

 

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写真提供 [Twitter ‪@Youli__0715 ]

 

 

 

 

 

 

 

「未来へ送る手紙 ③」

 

 

 

 

 

 

 

冬の昼下がり。

こんなにも晴れ渡っているのに

空気は冷たい。

 

 

 

春の訪れを待ち遠しく思いながら、

慣れしたんだ街を歩く。

 

 

翔くんと出会って、私の世界には

色が増えた。

 

 

偶然住んでいる場所が

近かったということもあり、

カフェや公園、場所を問わず

顔を合わせる機会が増えていた。

 

 

いつも応援してくれて、

的確なアドバイスをたくさんくれる。

 

 

「どうやったら私の歌を、

もっと多くの人に知ってもらえるかな?」

 

 

「そうだな…

路上で歌っているだけだと、

そこを通りかかった人にしか

知ってもらえないからな…。

ネット上で公開してみるのは

どうだろ?」

 

 

「うんうん、なるほどね」

 

 

 

どちらから言い出した訳でもなく、

お互いを繋いでいた言葉に

いつの間にか敬語はなくなっていた。

 

 

歳が同じだったという共通点も

大きかったのだろう。

 

 

「今の時代は、SNSという場所で

自分をアピールすることはできる。

ただ歌っている動画をアップするのも

いいけど、千春の人間性も

知ってもらうために、

定期的にブログを書いたりするのも

いいかもしれない」

 

 

 

千春、と私の名前を呼んでくれるのも

初めはなんだか照れくさかったけど、

今ではその響きが心地良い。

 

 

 

家族以外に名前で呼んでもらえるのは

とても新鮮で、親近感が湧いて、

一気に距離が縮まるような気がする。

 

 

 

数々のアイデアを、

ひとつひとつ実行してみることにした。

 

 

SNSなどまともにやったことのない私は、

翔くんにあれこれ聞きながら

慣れない手つきで更新をする。

 

 

私の頭の中にある言葉を、

心の中にある想いを、

こうして文字にして発信できる。

 

 

 

徐々に見てくれる人が増えて、

応援のコメントなどが

チラホラ寄せられるようになった。

 

 

 

 

恥ずかしい歌を届ける訳にはいかない。

 

 

来る日も来る日も歌の練習は欠かさず、

喉のケアも怠らず、

思いつくがままにギターを鳴らし、

曲作りもどんどん進めた。

 

 

SNSで告知をするようになってから、

路上ライブを聴きに来てくれる人も

少し増えたように感じる。

 

 

小さな結果を積み重ねることで、

それがどんどん私の自信となっていく。

 

 

 

 

 

 

夜の街から家へ帰ってくると、

荷物が届いていた。

 

 

 

「誰からだろう…」

 

 

 

開けてみると、そこにはたくさんの

野菜や果物が入っていて、

1通の手紙が重ねてあった。

 

 

 

 

 

 

千春

 

元気でやっていますか?

風邪が流行ってるみたいなので、

体調を崩していないか心配です。

 

たくさん食べて、

ちゃんと栄養とりなさいね。

 

千春が頑張ってることなら、

お母さんはずっと応援しています。

でも、あんまり無理しちゃダメよ。

 

たまには顔出しに

帰って来なさい。

 

いつでも待ってるからね。

 

母より

 

 

 

 

「お母さん…」

 

 

 

ダメだ、最近の私はどうも涙もろい。

 

 

泣くのは決して弱いことじゃない。

明日の為に流す涙は、

自分を成長させてくれる。

 

 

今の私は、どれだけ

変われているのだろう。

 

 

音楽に惹かれ、歌に惹かれ、

ギターを鳴らし始めたあの頃から。

 

 

昔の私が、今の私を見たら

どう感じるのかな…。

 

 

ごめんね、昔の私。

思ってた未来とは少し違うよね。

 

 

でも私、頑張ってるから。

ぜっっったいに諦めたり、

投げ出したりなんてしないから。

 

待っててよ、未来の私。

輝くあの場所へ連れて行くから。

 

 

 

 

携帯にメールが届いた。

翔くんからだ。

 

 

 

” 風邪引くなよ!

 喉なんて痛めたら

 元も子もないんだから!

 

 いよいよ明日…だな。

 大丈夫だ。千春がやれることは

 一生懸命やってきたはずだ。

 自慢の歌声を響かせてやれ!

 

 みんな、千春の歌を待ってるから。 ”

 

 

 

私の大事な人は、

いつも私のそばで笑ってくれている。

 

私の歌を素敵だと言って、

いつも笑顔で聴いてくれる。

 

失いたくない。

無くしたくない。

 

小さな成功を重ねるたびに喜んでくれる

あの笑顔を。

 

いつか必ず、一緒に夢を叶える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚ましの時間よりも

ずいぶん前に目が覚めた。

眠りは浅かったが、身体は充分に休めた。

 

 

 

あの日のリベンジ。

もうあんな悔しい想いをするのはごめんだ。

 

 

道はこの先だって続いていく。

いや、続かせていく。

 

 

 

 

私にとって忘れられない1日が、

始まろうとしていた。

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写真提供 [Twitter ‪@asari_ka]

 

 

 

 

 

「未来へ送る手紙 ②」

 

 

一大イベントが控えている。

 

 

 

楽しみでもあり、不安でもある。

 

 

 

最初から結果なんて出るわけがない。

 

とりあえず経験することが大事。

 

 

 

そんなことは分かってる。

言われなくても分かってる。

 

 

でも、やってみなくちゃ

分からない。

 

 

街の中で奏でていた音楽を、

ステージの上から届けられる。

 

あの場所に立っている姿を

想像すると、緊張と興奮が

入り混じって寝れない日が続いた。

 

 

いざ、本番当日。

 

 

 

小さなライブハウスに入ると、

徐々に想像が現実のものになっていく。

 

 

「いよいよだ。

ここで、私は歌うんだ」

 

 

控え室では何度も何度も

歌のチェックをした。

 

 

私のオリジナルの曲は

まだ10曲にも満たない。

 

少ない曲の中で、

しっかりと届けるんだ、私の想いを。

 

 

凍えるほど寒い冬空の下、

ほぼ毎日路上で歌っていた。

 

人が立ち止まってくれないことなんて

数え切れないほどある。

 

それでもCDを手に取ってくれたり、

チラシをもらってくれたり、

その場でライブのチケットを

買ってくれる人もいた。

 

 

人からもらった言葉に、

何度励まされてきたことか。

 

 

この人たちがいるから

私は歌い続けたい。

 

もっともっとたくさんの人に、

私の歌を、想いを届けたい。

 

 

努力はきっと報われると信じて。

 

 

 

会場の照明が暗くなる。

ステージ上だけに、光が照らされる。

 

 

「よし、大丈夫。
私なら大丈夫」

 

 

これが夢への大きな第一歩だ。

 

 

震える足を前へと踏み出し、

みんなが待つステージへ向かう。

 

 

拍手と歓声に迎えられた。

 

 

 

いや、正しくは

まばらな拍手と小さな歓声。

 

 

初めて立つステージからの景色は、

お客さんの顔が良く見えた。

 

 

その人数は、

すぐにでも数えられるほどだった。

 

 

 

 

自分の無力さに、ただただ悔しさが

こみ上げてくる。

 

気を抜くと涙までが押し寄せてきて、

目の前の景色が滲む。

 

 

ダメだ、泣いちゃダメだ。

 

 

この日、この時間、

この場所へ私の歌を聴きに来てくれた

人達のために、歌うんだ。

 

 

 

楽しんでいる余裕などなかった。

ステージ上の記憶はほとんどない。

 

 

 

あっという間にライブは終わっていた。

 

 

 

この会場を準備してくれた

スタッフの方々にお礼を言って、

ライブハウスを出た。

 

 

いつも背負っているはずの

ギターが、今日はなんだか重い。

 

 

散々バカにされ、笑われてきた

言葉の通りの結末だったことに、

こらえていた涙がドッと溢れ出した。

 

 

 

 悔しい、悔しい悔しい。

 

 

「今日も綺麗な声でした。

良い曲ばっかりで、すげー感動した」

 

 

 

目の前には、この間の男の人がいた。

 

 

「来て、くれたんですね」

 

 

「もちろんじゃないですか!

どうでした?初ライブは?」

 

 

 

「見ての通りです。

私にはこんなもんしか

力はありません。

悔しいです、とても」

 

 

「違いますよ、人数ではなくて

ステージで歌った感想です」

 

 

「え…っと…。

外とは違って声が響き渡るので、

とても感動しました」

 

 

「その想い、忘れないでください。

聴いている俺たちは、もっともっと

感動しましたよ」

 

 

「でも、でも…」

 

 

彼は、人数ではないと言った。

あのステージで歌った想いを

忘れてはいけない…と。

 

 

「俺と一緒に、

もう1回頑張りませんか?」

 

 

「もう…1回」

 

 

「はい!もっともっとあなたの曲が

色んな人に聴いてもらえるように、

宣伝とか、サポートとか

一生懸命やります!

いや、やらせてください!」

 

 

この人は、とても暖かい人だ。

近くにいると、冷えきった心が

どんどんあっためられていく。

 

 

「はい、ぜひ…

よろしくお願いします!

あの、お名前は?」

 

 

「俺は翔って言います。

近々お茶でもしながら

打ち合わせしましょう!」

 

 

 

「はい…はい!お願いします!」

 

 

 

暗闇にいた私に、

そっと手を差し伸べてくれた。

 

 

1人じゃないと分かった途端、

一気に気持ちが軽くなった。

 

 

 

ここからが勝負。

 

 

 

私たちの新たなスタートへ向かって。

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写真提供 [Twitter ‪@aiai_photo]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来へ送る手紙」

 

 

 

 

 

 

 

「よし、行こう!」

 

 

ギターを背負って、冬の街へと飛び出す。

夜になると、凍えるほどの寒さが一段と増す。

 

 

「うぅ…寒いなぁ」

 

 

首に巻いたピンク色のマフラーに

限界まで顔をうずめながら、

吹きつける冷たい風をしのぐ。

 

 

「この寒さなんか、私の歌で

吹き飛ばしてやるんだから!」

 

 

 

駅から少しだけ離れたいつもの場所。

私の大好きな場所。

 

 

真っ暗な夜に、オレンジ色の街灯たちが

照らしてくれる。

ここはまるでステージみたいに思える。

 

 

音楽を始めてから、どれくらいの年月が

経っただろうか。

小さな頃から音楽を聴き、楽器に触れ、

色んな人に憧れを抱いてきた。

 

私が私を表現出来るのは

音楽の中だけ。

歌を通してなら、

何だって言えそうな気がするんだ。

 

 

とは言え、簡単な世界ではない。

あの大舞台に立つことを、

たくさんの人が夢見ている。

 

 

種はずいぶん前に土へ埋めた。

毎日しっかり水をあげている。

それでもまだ、私の花は咲かない。

 

 

「まだまだ、こんなところで

諦めちゃダメだ」

 

 

何度も何度も自分に言い聞かせながら、

今日も私はここにいる。

 

 

さすがにこの冬一番の寒さともなると、

なかなか人は立ち止まってくれない。

いや、私の歌に魅力がないのを

認めるのが嫌で、そう思いたいだけかもしれない。

 

 

ギターを持つ手が寒さでかじかむ。

徐々に感覚がなくなっていく。

 

 

「今日は、もう

終わりにしようかな…」

 

 

綺麗に並べた自作のCDと、

手書きの看板を片付ける。

風で少し散らばってしまった

ファーストライブのチラシをまとめているとき、

若い男の人が声をかけてきた。

 

 

 

「あの…今日はもう

終わり、ですか」

 

 

きっと、私と同い年…くらいかな。

 

 

「あ、はい!

長いことやってたんですけど、

なかなか聴いてくれる人がいなくて…

気づいたらこんな時間に

なっちゃってました」

 

 

 

「さっき遠くの方から

素敵な声が聴こえて、

どこだろうって探してたんです。

そしたらやっと見つけて。

あの…一曲だけ、ダメですか?」

 

 

 

私の声を聴いて、わざわざここへ…。

 

 

「あ、ありがとうございます!

はい!じゃあ一曲だけ!」

 

 

 

私が歌っている間、

一生懸命に聴いてくれていた。

音に合わせて、
少し身体を揺らしながら。

 

歌っていると分かる。

この人がどんな想いで

聴いてくれているのか。

 

表情から、しっかりと伝わってくる。

 

 

曲が終わると、

手が痛くなるくらいの強さで

拍手を送ってくれた。

 

 

「ありがとう!」

 

込み上げた想いを伝えると、

彼の口から、思いもよらない言葉が

飛び出してきた。

 

 

「あの...俺は!いつかみんなが手に取って

くれるような本を書くのが夢で!だから...

キミの曲を俺に書かせてくれませんか!」

 

 

言っていることが無茶苦茶なようにも

聞こえた。

でも、彼のその真っ直ぐな目に、

私の何か直感的なものがはたらいた。

 

 

「その素敵な夢、私も一緒に

連れてってくれるかな」

 

 

 

「え、え?ホントに?」

 

 

「うん!あなた悪い人じゃなさそうだし!

私、近々ライブをやるの!

良かったら遊びにきて!

もう一度、ちゃんと聴いてほしいから」

 

 

そう言って、しまいかけたチラシを渡した。

 

 

 

私の夢を、

応援してくれるのは嬉しい。

 

私の歌を、

褒めてくれるのはもっと嬉しい。

 

 

 

恥ずかしくないように。

私にとってのファーストライブ

絶対に成功させるんだ。

 

 

 

その日の帰り道は、

音楽を聴かずに帰った。

 

 

ただ、静かな夜に

浸っていたかった。

 

 

 

いつもより少しだけ早足に、

こみ上げる想いと一緒に、

明日へ向かって歩き出した。

 

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写真提供 [Twitter ‪@yuncamera_25 ]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪が降る街に」

 

 

 

 

 

 

 

どうして雪は、

寒い冬に降るんだろう。

 

 

どうして雪は、

こんなにも寂しい気持ちに

させるんだろう。

 

 

 

 

 

「ほーら、拓矢!

なにサボってんの!

そんなんじゃいつまで経っても

終わんないよ!」

 

 

 

「さ、サボってないよ!」

 

 

 

「…にしても、すごい雪だな」

 

 

 

「もう手の感覚ないですよぉー」

 

 

 

大学のサークル仲間みんなで、

地域の雪かきを手伝っている。

 

 

 

東京で雪が降るなんて、

1年の中でほんの数回しかない。

 

雪が積もったもんなら、

小さい子は大騒ぎして外に出る。

 

 

 

 

「ふぅー、とりあえず

こんなもんか」

 

 

「そうだね!少し休憩しよ!」

 

 

「のど乾いたぁー」

 

 

「よし、じゃあジャンケンに負けた2人で

飲み物の買い出しな!」

 

 

「えー、こんな寒いのに

嫌っすよ」

 

 

「つべこべ言うな!

勝ちゃあ良いんだ!勝ちゃあ!

それじゃ、いくぞ。

じゃーんけーん」

 

 

 

 

 

 

 

まだ雪は降り続けている。

この調子だと、明日も雪かきに

なりそうだ。

 

 

雪に残った足跡を辿る。

重たい足を必死に持ち上げ、

一歩一歩、進んで行く。

 

 

「雪って良いよね!

なんかワクワクするよね!」

 

 

子供のような笑顔で、

雪の上を歩いている。

 

 

「雪なんて寒いだけだろー

早く済ませて戻ろー」 

 

 

「じゃーん!見て見て!

ちっちゃい雪だるま!

可愛いでしょー!」

 

 

「佳織さんはいつも元気だねー」 

 

 

「なーにお爺ちゃんみたいなこと

言ってんの!

この雪を目の前にして

平然としてられる

拓矢の神経が分からない!」

 

 

「わー、楽しーい

すごーく楽しーい」

 

 

「なにそれ!

全然感情がこもってない!」

 

 

 

 

足早に歩く佳織さんの後ろをついていく。

ずっと昔から変わらない。

 

近所だった佳織さんとは、

小学生の頃から一緒だ。

 

ピンクのランドセルを背負った

佳織さんの後ろを歩いてた頃が、

懐かしく感じる。

 

 

ひとつ上のお姉さん…

と言っても、昔は名前を

呼び捨てだったのに、

歳を重ねるにつれて恥ずかしくなって

” さん ” 付けになっていた。

 

 

中学の頃も、高校の頃も、

ずっと背中を見てきた。

 

俺を弟のように可愛がってくれる。

少し照れくさくもありながら、

決まって学校の人気者だった

佳織さんの近くにいれたのは、

誇らしくもあった。

 

 

いつからか、その優しくて

明るい性格に惹かれていた。

 

 

でも…。

 

 

 

「佳織、遅かったな。

寒かっただろ。

暖房、あったまってるぞ」

 

 

「うん、ありがと!

私ジャンケン弱いからねー」

 

 

 

佳織さんには、大事な人がいる。

俺なんかじゃない。

別の人だけを見ている。

 

 

俺はその姿を、ただ遠くから

見ていることしか出来ない。

 

 

 

そして、佳織さんは

もうすぐ大学を卒業する。

 

 

 

「あ、拓矢!

帰りちょっと寄り道付き合って!」

 

 

「え、でも俺じゃなくて…」

 

 

「あれ?もしかして今日バイト?」

 

 

「いや、今日はないけど」

 

 

「じゃあ帰るとき、

ちょっと待ってて!」

 

 

 

「う、うん…」

 

 

一緒に帰るなんて、

いつ以来だろう。

 

しかも、俺なんかと

2人きりになっていいのだろうか。

 

 

戸惑う気持ちの中に、

どこか嬉しさがあった。

 

 

雪はみぞれへと変わり、

まだ夕方なのに、辺りはもう薄暗い。

 

 

どうやら佳織さんの寄り道、と言うのは、

大学と家の中間くらいにあるカフェだった。

 

 

「どうしたの、急に。

てか、こんなとこ彼氏さんに

見られたら怒られるんじゃないの?」

 

 

 

「私ね、別れたんだよ」

 

 

「えっ…」

 

 

喜んでいいのか。

いや、良いわけがない。

分かっているのに、

鼓動はどんどん高鳴っていく。

 

 

「ちょっと前にね、フラれちゃったの。

別に喧嘩して…とかじゃないんだけど。

彼ね、大学院に進んで

研究とか色々忙しくなるんだって」

 

 

「でも、さっきもあんなに

仲良さそうにしてたのに」

 

 

「もう別れてるのに優しくされるのは、

ちょっとツラい…。

けど、もうただの友達だからさ!

いちいち気にしてられないよね!」

 

 

明るく話している佳織さんは、

少し寂しそうに見えた。

 

 

「寄り道して話したかったのって…」

 

 

「違う違う!そんなことじゃないよ!

私、春から就職するところの

配属先が決まって、

ここを離れることになったの」

 

 

次から次へと押し寄せてくる現実に、

頭がついていかない。

 

 

「ちょ、ちょっと待って。

色々と突然すぎてパニックなんだけど」

 

 

「そうだよね、ごめんね!

拓矢とは昔から一緒にいたし、

拓矢ママにもたくさん

良くしてもらったからさ!

ちゃんと早めに言わなきゃなって思って」

 

 

 

何が何だか分からなくなった。

人間には、一度に大量の出来事を

処理できる機能は備わってない。

 

 

帰りの電車の中でも、

駅から歩いてるときでも、

うまく顔を見て話せなかった。

 

 

少し遠くを見つめながら

時折見せる寂しそうな表情は、

付き合っていた彼氏のことを

考えているのか。

 

 

想いはどんどん増していく。

 

 

「それじゃ、また明日

学校でね!」

 

 

歩いていく後ろ姿に、

気持ちが声となって飛び出した。

 

 

「佳織さん、待って!」

 

 

突然呼ばれて、

驚いた顔でこちらを振り返る。

 

 

「俺じゃ…ダメかな?

佳織さんを支えたい。

これからも、佳織さんの近くにいたい。

俺、佳織さんのこと

ずっと…」

 

 

「なーに言ってんの!

私、来年からここにいないんだよ?」

 

 

「迎えに行く!

1年後、俺もそっちに行くから!

だから!」

 

 

佳織さんは、優しい笑顔で

俺の頭をなでた。

 

 

「ありがとうね。

でも私、もっかい1人で

頑張ってみようと思うの。

だから拓矢は私なんかじゃなくて、

もっと良い人を追いかけな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

誰がどう見ても、

俺はフラれたんだと思う。

 

 

でも、だったらもっと、

ハッキリ言って欲しかった。

 

あの笑顔が忘れられず、

1年が経った。

 

今日もあの日と同じ、

外には雪が舞っている。

 

 

去年まで隣にあった笑顔は

もういない。

 

 

元気にしているだろうか。

俺がもっと頼れる男だったら、

彼女を包んでやれただろうか。

 

 

道端には、小さな雪だるまが

2つ並べてあった。

 

出しかけた携帯を、

かじかんだ手と一緒に

ポケットの奥へと突っ込む。

 

 

今ごろ向こうにも、

この雪は舞っているのかな。

 

きっと子供のような笑顔をしながら、

誰かと一緒にいるんだろうな。

 

 

雪の降る空を見ながら、

忘れられない

ただ1人のことだけを想っていた。

 

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写真提供 [Twitter ‪@_potatooc ]

 

 

 

 

 

 

 

「過去があるから今がある」

 

 

 

 

 

「じゃあ…発表してくれる人!

手ぇあげろー!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・。

 

 

 

 

 

 

突然始まった、いや

始めなくてはいけなくなった

謎の授業。

 

 

こうして前に立って見る景色は、

昔見ていたものとは

まるで違ったものだった。

 

 

1人1人の顔が良く見える。

ただ、どこを見てればいいのか分からず

目が泳いでしまう。

 

 

「みんな…書いてきたんだよね?

発表してくれる人…」

 

 

いや、待てよ。

挙手しないのも無理はない。

こういう発表型の授業で、

自分は全く手を挙げるタイプじゃなかった。

 

 

どうせ誰かが答えてくれる。

そうやって何度も場をやり過ごしてきた。

 

 

 「分かった、分かったよ。

前から順番に発表してもらうな!

まずは、祐介!…じゃなかった

高木くん!」

 

 

「えー、俺かよー。

えーっと…将来の夢は、

有名人になることでーす」

 

 

「なんだよそれー」

 

 

「テキトーかよー」

 

 

「ほらほら、静かに!

良いじゃないか!有名人!」

 

 

祐介は今、大工をしてる。

毎日汗水流して、

一生懸命働いている。

 

 

「私は、料理の先生に

なりたいです」

 

 

美里は、確かOL…だったかな。

カッコイイ旦那さんと、

幸せに暮らしてる。

 

 

「俺は、野球選手!!

そんで、女子アナと結婚する!」

 

 

大和は…有名企業の営業マンだ。

めちゃくちゃモテるのに、

彼女とはなかなか長続きしていない。

 

 

このあとも、各々が恥ずかしながらも

将来の夢を発表していった。

 

 

小学生の頃に描いていた将来の夢を

今叶えてるヤツは、2~3人しかいない。

 

 

だけど、夢と現実に差はあったとしても、

みんなそれぞれの幸せに向かって、

立派に生きている。

 

 

 

「次は…峰岸くん」

 

 

昔の俺は、なんと答えるのか

興味深く耳を傾けた。

 

 

 

「僕の将来の夢は…

多くの人のためになる仕事をしたいです」

 

 

 

そうだったっけ…。

そんな夢を持っていたなんて、

すっかり忘れてた。

 

 

今の俺はどうだ。

人のためになる仕事を出来ているか。

 

いや、ただこなすだけの毎日を

ダラダラと過ごしている。

 

 

 

「先生は?先生の将来の夢って

なんなのー?」

 

 

「気になる気になる!」

 

 

「俺の夢?そんなん聞いて

どうするんだよー」

 

 

「大人にも夢ってあるのかなーって!」

 

 

 

大人になってからの夢。

それは、とても現実的で、

堂々と声を張って言えるものではないし、

わざわざ口に出すことでもない。

 

 

「いやー、俺のはいいよ!」

 

 

「良くないよー、ずるいじゃんか

俺たちばっかり!」

 

 

「そーだ、そーだ!」

 

 

こうなったときの一体感には敵わない。

 

 

俺の夢…ってなんだ?

改めて考えてみても、何も出てこない。

 

 

お金を稼ぎまくって豪遊…

いや、えーと、もっとなんかこう…

 

 

考えても考えても、

夢なんてひとつも出てこなかった。

 

 

「大人になるとね、

ツライことがたくさんあります!

楽しめるのは、若いうちだけ!

今を存分に楽しむんだぞ!」

 

 

まだ何も社会の厳しさも

知らない中で、

キラキラした夢が持てるのは

うらやましい。

 

 

そう思っていると、

昔の俺が突然意見を言ってきた。

 

 

 

「大人になったら夢も楽しみも

無くなるなんて、そんなこと

言わないでくださいよ。

だって俺たち、これから大人に

なるんすよ。

どんどんつまんなくなる人生なんて、

嫌になるじゃないですか」

 

 

 「いや…まぁ

そりゃそうなんだけど…」

 

 

「夢、見させてくださいよ。

大人になっても、楽しいことがこんなに

たくさんあるんだぞ、って。

大人が子供に夢をくれないで

どうするんですか。

いつだって俺たちは、

大人の背中を見てるんですよ。

胸張って、いつまでも

カッコつけてくださいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、電車に揺られていた。

 

 

 

あれ、

 

 

 

 

夢か…

 

 

 

 

 

いつの間にか電車で

寝てしまっていたらしい。

 

終点に着いた車内には、

誰ひとり残っていなかった。

 

 

 

急いで電車を降りると、

そこには綺麗な夕焼け空が広がっていた。

 

 

 

 

 

「小学生の俺、いっちょ前なこと

言ってやがったな…」

 

 

 

でも、何ひとつ

間違ってはいなかった。

 

 

 

「子供たちに夢を与える大人に…か」

 

 

 

緩めていたネクタイを強く締め直す。

いつからやる、明日からじゃ遅い。

 

 

思い立った、この瞬間から変えるんだ。

 

 

 

 

 

遠い昔の面影を感じながら、

今よりも輝く未来を信じて。

 

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写真提供 [Twitter ‪@37p_photo]

 

 

 

 

 

 

「今があるから過去がある」

 

 

 

 

 

 

寝ているときに見る夢は

不思議なもので。

会ったことがない人や、

見たこともない景色が

映し出される。

 

 

内容も非現実で、ヘンテコなものが

多かったりする。

 

見た夢を興奮気味に話されても、

リアクションに困るものだ。

 

 

 

ただ、ヘンテコなものばかりでもない。

 

最近同じ夢を見る。

昔の記憶のどこかにある1ページ。

 

 

始まりはいつも、

普段の現実と何も変わらない光景。

 

 

朝、電車の中。

みんな眠そうな顔をしながら

スマホをいじってる。

 

中には、もたれかかって

寝てしまっている人もいる。

 

 

なんの変哲もない日常の風景は、

途中から一気にひっくり返る。

 

 

乗っている電車に車内アナウンスはなく、

路線図もない。

次が一体どこの駅なのかも分からない。

 

 

そして、とある駅で

乗客の全員が降りていく。

 

ここが終点なのか、と

自分もその流れに乗って

降りようとすると、

目の前でドアが閉まってしまう。

 

 

「え、まだ降りてないけど」

 

 

辺りを見回すと、人は1人もいない。

他の車両を見ても誰もいない。

 

 

自分だけが取り残されたまま、

電車は動き出す。

 

 

そして、どこかも分からない

駅に停車し、ドアが開く。

 

 

降りてみるとそこは、

どこにでもある駅のホーム。

改札をくぐると、目の前には

大きな建物が建っている。

 

 

「どこだ、ここ…」

 

 

一番上に時計がついていて、

「凸」のような形をした

建物の正体は、学校のようだ。

 

 

門の前で立ち尽くしていると、

後ろから声をかけられた。

 

 

「せんせい!おはようございまーす!」

 

「おはようございまーす!」

 

 

小学生の子どもたちが、挨拶をしてきた。

 

 

「ん、先生?俺が?」

 

 

戸惑っていると、別の小学生達に

手を引っ張られた。

 

 

「せんせ!なにボーッとしてるの!

ちこくしちゃうよ!」

 

「ちこくだ、ちこくだー」

 

 

何がなんだかも分からず、

連れていかれるがままに

教室へと入る。

 

 

「え…」

 

 

教壇の前に立つと、信じられない光景が

飛び込んできた。

 

 

 

さっきは全然気づかなかった。

よく見ると、席についているのは

馴染みのある顔ばかり。

 

 

なんと、自分が小学生だった頃の

クラス担任が、自分になっている。

 

 

 

「おいおい…マジかよ」

 

 

一番後ろの窓側の席には、

ボーッと外を眺めている

自分もいた。

 

 

「俺って、

あんなんだったっけ…」

 

 

 

”キーンコーン カーンコーン”

 

チャイムが鳴ると、

起立、礼、着席の号令がかかる。

 

 

「せんせー、昨日の宿題

やってきましたー」

 

 

「俺も!ちゃんとやった!」

 

 

「私もー!」

 

 

このまま俺が、授業をやるのか…。

 

 

「えーっと、宿題…って

なんだったっけ?」

 

 

「先生が忘れてどうするんですか。

将来の夢について書いてこいって

言ったの、先生ですよ」

 

 

お、おぉ…。

さすが優等生だった丸山。

ナイスフォローだ。

 

 

「せんせーが忘れてるなら

オレも忘れればよかったぁー」

 

 

「オレもー」

 

 

うるせーぞ、

やんちゃ坊主共。

 

 

こんな2人が今では一児の父親だなんて、

本当に信じられない。

 

 

 

 

「そ、そうだったな!

じゃあ、宿題のプリントを

机に出してなー」

 

 

 

 

 

違和感に包まれた不思議な授業が

始まろうとしていた。

 

 

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後編へ続く。

 

 

 

 

写真提供 [Twitter ‪@wakana113689 ]