365日のストーリー

忘れたくないあの1ページ

「未来へ送る手紙」

 

 

 

 

 

 

 

「よし、行こう!」

 

 

ギターを背負って、冬の街へと飛び出す。

夜になると、凍えるほどの寒さが一段と増す。

 

 

「うぅ…寒いなぁ」

 

 

首に巻いたピンク色のマフラーに

限界まで顔をうずめながら、

吹きつける冷たい風をしのぐ。

 

 

「この寒さなんか、私の歌で

吹き飛ばしてやるんだから!」

 

 

 

駅から少しだけ離れたいつもの場所。

私の大好きな場所。

 

 

真っ暗な夜に、オレンジ色の街灯たちが

照らしてくれる。

ここはまるでステージみたいに思える。

 

 

音楽を始めてから、どれくらいの年月が

経っただろうか。

小さな頃から音楽を聴き、楽器に触れ、

色んな人に憧れを抱いてきた。

 

私が私を表現出来るのは

音楽の中だけ。

歌を通してなら、

何だって言えそうな気がするんだ。

 

 

とは言え、簡単な世界ではない。

あの大舞台に立つことを、

たくさんの人が夢見ている。

 

 

種はずいぶん前に土へ埋めた。

毎日しっかり水をあげている。

それでもまだ、私の花は咲かない。

 

 

「まだまだ、こんなところで

諦めちゃダメだ」

 

 

何度も何度も自分に言い聞かせながら、

今日も私はここにいる。

 

 

さすがにこの冬一番の寒さともなると、

なかなか人は立ち止まってくれない。

いや、私の歌に魅力がないのを

認めるのが嫌で、そう思いたいだけかもしれない。

 

 

ギターを持つ手が寒さでかじかむ。

徐々に感覚がなくなっていく。

 

 

「今日は、もう

終わりにしようかな…」

 

 

綺麗に並べた自作のCDと、

手書きの看板を片付ける。

風で少し散らばってしまった

ファーストライブのチラシをまとめているとき、

若い男の人が声をかけてきた。

 

 

 

「あの…今日はもう

終わり、ですか」

 

 

きっと、私と同い年…くらいかな。

 

 

「あ、はい!

長いことやってたんですけど、

なかなか聴いてくれる人がいなくて…

気づいたらこんな時間に

なっちゃってました」

 

 

 

「さっき遠くの方から

素敵な声が聴こえて、

どこだろうって探してたんです。

そしたらやっと見つけて。

あの…一曲だけ、ダメですか?」

 

 

 

私の声を聴いて、わざわざここへ…。

 

 

「あ、ありがとうございます!

はい!じゃあ一曲だけ!」

 

 

 

私が歌っている間、

一生懸命に聴いてくれていた。

音に合わせて、
少し身体を揺らしながら。

 

歌っていると分かる。

この人がどんな想いで

聴いてくれているのか。

 

表情から、しっかりと伝わってくる。

 

 

曲が終わると、

手が痛くなるくらいの強さで

拍手を送ってくれた。

 

 

「ありがとう!」

 

込み上げた想いを伝えると、

彼の口から、思いもよらない言葉が

飛び出してきた。

 

 

「あの...俺は!いつかみんなが手に取って

くれるような本を書くのが夢で!だから...

キミの曲を俺に書かせてくれませんか!」

 

 

言っていることが無茶苦茶なようにも

聞こえた。

でも、彼のその真っ直ぐな目に、

私の何か直感的なものがはたらいた。

 

 

「その素敵な夢、私も一緒に

連れてってくれるかな」

 

 

 

「え、え?ホントに?」

 

 

「うん!あなた悪い人じゃなさそうだし!

私、近々ライブをやるの!

良かったら遊びにきて!

もう一度、ちゃんと聴いてほしいから」

 

 

そう言って、しまいかけたチラシを渡した。

 

 

 

私の夢を、

応援してくれるのは嬉しい。

 

私の歌を、

褒めてくれるのはもっと嬉しい。

 

 

 

恥ずかしくないように。

私にとってのファーストライブ

絶対に成功させるんだ。

 

 

 

その日の帰り道は、

音楽を聴かずに帰った。

 

 

ただ、静かな夜に

浸っていたかった。

 

 

 

いつもより少しだけ早足に、

こみ上げる想いと一緒に、

明日へ向かって歩き出した。

 

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写真提供 [Twitter ‪@yuncamera_25 ]